第22話:1位の作者、再来

◆◆◆


「……ぐっ! いつの間にこんな力を……!」

「あなたが努力を重ねていたように、私も日々研鑽けんさんを積んでいたのよ」


 王宮からずっと離れた古城のバルコニーで、私は高嶺の令嬢を取り押さえていた。

 方々を探して追いかけて、ようやく彼女を見つけたのだ。

 ここまで来るのは本当に長かった。


「だけど、いくらあなたが強くても私に勝てることはできないわ。私の闇魔法は誰よりも邪悪なのだから…………ど、どうして転送できないの!」

「逃げようとしても無駄だわ。あなたはここで捕まるの」


 今回は絶対に逃がさない。

 彼女が姿を消せないよう、強力な闇魔法で周囲を覆ってあった。

 

「ふっ……まさか、この私が負けるとはね……」


 もう決して逃げられないと悟ったのか、高嶺の令嬢は私の下で力なく笑っている。

 見るものの心を揺さぶるほど美しく切ない横顔だったけど、カラブル王子暗殺という大罪を犯した以上、彼女は極刑を免れないだろう。


「でも、最後に戦ったのがあなたで良かったかも……」


 ボフン! と小さな煙が出て彼女は消えた。


「えっ! ウ、ウソ、この結界が破られるなんて!」


 また逃げられてしまったのだろうか……。

 焦燥感に駆られていると、手の平に硬い感触を感じた。

 そっと拳を開くと、小さなサファイアが握られていた。

 初めて高嶺の令嬢に会ったときのように美しく輝いている。


「きっと、これが彼女の本体だったのね……」


 もしかしたら、高嶺の令嬢とは人間の悪意が集まった存在だったのかもしれない。

 そう思いにふけっていると、突然ジャリッ! と足音が聞こえた。

 バルコニーの柱の影に誰かがいる。

 ま、まさか、高嶺の令嬢の仲間?

 だとしたらまずい。

 彼女との戦闘でほとんどの魔力を使ってしまった。

 ど、どうする……。

 下手に動くこともできず、柱の影を睨むことしかできない。

 人影がゆらりと動き、そこから出てきたのは……。


「カ、カラブル王子!?」

「やあやあ、久しぶりだね、クロシェット。ここまで追いかけてくるのは疲れたよ」


 金髪をサラッとなびかせ、いつものように飄々ひょうひょうと笑っている。

 偽物だろうか……。

 いや、この調子の良さそうな雰囲気はご本人にしか醸し出せない。


「生きてらしたのですか……?」

「ははは、さすがのクロシェットも僕の唯一使える魔法のことは知らなかったようだね」

「ゆ、唯一使える魔法……」


 カラブル王子は得意げに扇を羽ばたかせ、顔に風を送っている。

 さっさと教えてほしかったけど、相手は第四王子なので静かに待っていた。


「自分が死んだように見せかける幻覚魔法だけは得意でね。今回の暗殺者にも幻覚を見せたんだ。まぁ、強力な分、君にもかかってしまったけど」

「そ、そうだったのですか……。そのような魔法に精通されていたなんて、失礼ながら存じ上げませんでした」

「気にすることはないよ。王宮でも一部しか知らないからね。王位継承権の序列が下なのを利用して、目立たず力を磨いていたんだ。いつ暗殺の危険があるかわからないから」


 カラブル王子はハニカミながらハハハと笑っている。

 この人は陰ながら努力していたんだ……。

 こう言っては失礼だけど、国内でのカラブル王子の存在感は薄い。

 他の王子より序列が低いせいだ。

 それでも不貞腐れず地道な努力を積むなんて……。

 カラブル王子に対する見方が少し変わったような気がする。


「何はともあれ、カラブル王子がご無事で安心いたしました。国民たちも安心することと思います」

「ああ、そうだね。では、僕の復活を祝って君との結婚式を開こうじゃないか!」

「ど、どうして、そうなるのですか……!?」


 やっぱり見方は変わらなかった。

 カラブル王子は私の手を力強く握りしめる。

 その目は大変キレイに輝かれているんだけど、おいそれと了承できるはずもなかった。

 

「さあ、クロシェット! そうと決まったら、さっそく日取りを決めよう!」

「お、お待ちください、カラブル様!」

「待ってくれ~」


 私は古城の中を追いかけ回される。

 無事にカラブル王子は生きていたわけだけど……こ、これでよかったのかしら……?


◆◆◆


「ふむ……」


 死んだと思ったカラブル王子は、実は生きていたのだ。

 少々急展開ではあるけれど、逆に言えばスピーディーな展開とも取れる。

 まぁ、悪くはないかな。

 カラブル王子は王位継承権四番目だから、王宮の中での位は低いけど王子は王子。

 幼い頃から暗殺の危険にさらされている。

 それを回避するため、裏で魔法の訓練を積んでいた。

 読者はカラブル王子視点の話で知っていたけど、クロシェットは知らなかったってわけね。

 そう思っていたら、部屋のドアがノックされた。


「ベル様、失礼いたします。ヴァリアントでございます。アン先生のお見えでございます」

「え!? アン先生が!?」

 

 突然の訪問。


「開けてよろしいでしょうか」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 アン先生が来るなんて聞いてないですよ?

 ましてや手紙だって届いていない。

 いや、文通のやり取りは何回かしていたけど、「いついつに行きますね」的なお話はしていなかった。

 そ、そんな急にいらっしゃっても。

 お部屋の中は散らかりまくっているんですが。

 アン先生には、というか他の人たちにはキレイなお部屋を見せたい。

 頭を抱えてドタバタしていたら、アン先生が入って来ちゃった。

 

「では、お部屋に入らせていただきますね、ベル先生」

「そ、そんな……」


 アン先生は私の部屋を見渡してドン引きしている…………ことはなく、私の手を思いっきり掴んだ。


「さあ、ベル先生。お買い物に行きましょう」

「えっ!?」


 いきなり予想外のことを言われすごいビックリした。

 な、なんで私がアン先生と買い物に!?

 驚いている間にも彼女にグングン手を引かれていく。


「ヴァールハイトの展開に行き詰まりまして、息抜きに付き合ってくださいまし」

「い、息抜きですか……?」

「ええ、ベル先生とお喋りするのが一番気分転換になると思いましたのよ。この前お尋ねした後、面白いほど筆が進んだのです」


 まさか、アン先生にそんな風に思われていたなんて……。

 初めてお会いしたときはどうなることかと思っていたけど、良き友人関係を築けつつあって嬉しかった。

 アン先生とはこの先も仲良くできるといいなぁ。

 って、思えるのは嬉しいけど。


「しかし、ちょっと急なお話ですね。前もって言っていただければ私も準備したのですが」

「小説の行き詰まりに予定なんてございませんことよ!」

「そ、そうでしたね、すみません」


 アン先生はさらに大真面目な顔になってしまわれた。

 小説家あるあるを言ってしまったせいだ。

 冷や汗をかいている間にも、彼女は私をいぶかしげに見ている。


「それにしても、ベル先生はいつも同じような服を着てらっしゃいますわね。お洋服とかに興味はないのかしら?」

「え? あ、あ~、正直なところファッションにあまり思い入れはなくて……」


 お洋服はヴァリアントさんが何でも用意します、とは言ってくれている。

 ここへ来た当初はやっぱりそれなりに気を遣った方がいいのかと思い、日替わりで違うデザインのをお願いしていた。

 だけど、結局コーディネートを考えるのがめんどくさくなって、いつも同じようなテイストの服を着ていたのだ。


「では、なおさら私とお買い物に行きましょう。せっかくですので行きつけのお店もご紹介しますわ。ベル先生ならどんなお洋服も似合うに決まっていますわ」


 アン先生は有無を言わさぬ勢いで私を引っ張っていく。

 い、意外とお力が強いのですね。


「わ、わかりました、行きますのでせめて準備を……! いや、その前にフィアード様にお伝えしないと……!」

「皇太子様には私めの方からお伝えしておきます。どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ」

「えっ、ちょっ、あ~れ~」

 

 ということで、私はアン先生とお買い物へ行くことになった。

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