第21話:誤解
「ど、どうしましょう、ヴァリアントさん! フィアード様が大変お怒りになっています! も、もしかして、私は……死罪になるのでしょうか!?」
「いえ、なりません。そもそも、皇太子様はベル様のことをお怒りになっているわけではございません」
『拙者もフィアードから怒りの匂いは感じ得ぬな。むしろ不安の匂いがするでござる』
二人とも涼しい顔で言っているけど、私はそれどころじゃなかった。
冷や汗が止まらなくて、心臓は破裂しそうにドキドキしている。
使用人さんたちもひどく緊張した様子でフィアード様に尋ねていた。
「「お、恐れ多くも申し上げますが、皇太子様のお部屋に書き置きがあったはずでは……」」
「ベルが何者かに脅されて書いたのかもしれない!」
「「な、なるほど……」」
ああ、どうしよう。
やはり、置手紙ではダメだったのだ。
せめて直接お伝えしておけば……。
「ベルがいなくなったとあっては、私はどうすればいいのだ! 生きる希望が無くなってしまうぞ! 早く居場所を見つけるんだ!」
「「た、ただいま、屋敷の総力を挙げて捜索中でございます!」」
フィアード様のお怒りを買ってしまった。
私の命は今日でおしまいかもしれない。
ガクガクしていたら、ヴァリアントさんが真顔で告げた。
「では、皇太子様の元へ参りましょう」
「ええ! そ、それはちょっとやめた方がいいかと……」
「なぜでございましょうか」
「な、なぜって……」
フィアード様に怒られるのが嫌だからですよ~。
とは言えず、かといって代わりの上手い言い訳が思いつくわけでもなかった。
「ベルがいなくなったら、私はどうやって生きていけばいいんだ!」
「「お、落ち着いてくださいませ、皇太子様! ベル様は必ず私どもがお探ししますゆえ!」」
フィアード様は大変に取り乱しておられる。
あんなに狼狽しているのは初めて見た。
ご自身で探索魔法とか使われたらいかがでしょうか……などと考えていると、ヴァリアントさんが私の背中を勢い良く押し出す。
「ではベル様、行きますよ。皇太子様がお待ちかねでございます」
「や、やっぱり、ほ、ほとぼりが冷めてからの方がいいと言いますか……」
「何を仰いますか。ほとぼりなどございません」
彼女の力に抵抗できるはずもなく、私はお屋敷へ向かっていく。
ズンズンズン……と進んでいるけど、不思議と誰も私たちに気づかない。
フィアード様はもうじき目の前だ。
血眼になって辺りを見回しているのを見ると、もうどうにかなりそうだった。
「フィ、フィアード様に怒られちゃいますよ~」
「ベル様、大丈夫でございますから」
『特に由々しき事態はありませぬ』
「あっ、ちょっ! お、押さないで~」
ヴァリアントさんとヴァンさんにぐいぐいっと背中を押され、フィアード様の前に突き出された。
「だから、どうしてベルが見つからないのだ!」
「「も、申し訳ございません! 全力で捜索しているのですが……」」
「フィ、フィアード様、ただいま戻りました」
ポツリと呟いた瞬間、フィアード様始め、お屋敷の方々の視線が私に集まった。
皆さん、唖然とした様子で私を見てらっしゃる。
中でも、フィアード様は呆然自失していた。
いや、体の周りには憤怒のオーラが出ているような……。
きっと、大変にお怒りになっているのだ。
私が書き置き程度でお散歩に行ってしまったから。
フィアード様は不気味なほど静かに近づいてくる。
かつてないほど怖いお顔をして……。
ああ、もうダメだ……と思ったとき、フィアード様が思いっきり抱き着いてきた。
「探したぞ、ベル! ああ、よく戻ってきてくれた! 怪我はないか!? 無事なのか!?」
「は、はい、怪我なんてありません。すみません、ヴァリアントさんにお散歩に連れていってもらっていまして……」
「そうだったのか、書き置きにもあったがとにかく心配だったのだ」
どうやら、フィアード様は怒っているわけではないらしい。
むしろ、私のことをかなり心配してくれたのだ。
骨が軋むほど力強い抱擁に心が落ち着いていく…………のだけど、私たちの様子を見て使用人さんたちがヒソヒソと話し合っている。
「皇太子様ったらあんなに強く抱きしめられて……。ベル様は未来の皇太子妃で間違いありませんね」
「そうですとも。あのお方以上にふさわしい方はいませんわ。それにしても、お二人はお似合いですこと」
「皇太子様もずいぶんとベル様にご執心でいらっしゃいますから。お見守りするだけなのが歯がゆいですわね」
え、えええ~。
違うんですけど~。
断じて言うけど、私とフィアード様はそのような関係ではない。
使用人さんたちのお話などいざ知らず、フィアード様は私に抱き着いて喜びまくる。
「私はベルのことをずっと探していたのだ! 探し人が見つかるまで、こんなにも心が満たされたことは今までない!」
「フィ、フィアード様、もう大丈夫ですから」
「いいや、もう離さないぞ! ベルは一生私の傍にいるのだ!」
昂るフィアード様を見て、使用人さんたちはさらに一段とヒートアップした。
「「もう離さないなんて、一度でいいから私も言われてみたいですわぁ!」」
「皇太子様は本当にベル様のことがお好きなのでいらっしゃいます。私めとお会いになるだびにベル様のことばかりお話しされます」
『それがしもうんざりするほど聞かされるでござる』
「「それは誠でございますか。ああ、私たちもフィアード様のお話を聞きたいですね~」」
ヴァリアントさんとヴァンさんも、こしょこしょ話に乗っかって盛り上げる。
もう彼らを止めるものなど何もない。
そして、興奮しているためか、なぜかフィアード様の耳にも聞こえないのだ。
一刻早く抱きつきを止めていただきたい。
ど、どうすればいいの。
そうだ。
気持ちが高ぶりまくっているフィアード様の注意を確実に引ける話題があった。
「フィ、フィアード様、お願いがあるのですがよろしいでしょうか」
「なんだ!? 何でも言ってくれ!」
フィアード様は効果音が聞こえるほどにキラキラした目で私を見る。
またさらにもう一段階周りのボルテージが上がるけど、私にはどうにもできなかった。
「小説の参考に剣術を見せていただきたいのですが……。あっ、でも、クロシェットじゃなくて別の短編でして……」
「なにぃ!? ベルの小説の参考だと!? よし、任せなさい! 私がいくらでも見せてやる! 早く剣を持って来なさい! ……うおおおお!」
使用人さんがどこからともなくスッ……と高そうな剣を持って来ると、フィアード様はすごい勢いで剣を振り回す。
剣圧で私たちの髪の毛がバサバサと
フィアード様は火や雷、水といった多種多様の剣術を惜しげもなく披露してくださる。
「レジェンディール流抜刀術・第一式<マイティフレイム・ソード>! 第二式<サンダー・バーストクラッシュ>! 第三式<アクア・エルードスラッシュ>! 第四式……!」
「「皇太子様が秘伝の剣術をこんなにお披露目になるなんて! さすがはベル様でいらっしゃいますね!」」
「これこそが、我らがベル様の人望の厚さでございます」
『拙者も彼らを拝見していると恐悦至極で候』
何をしても状況が悪化するばかりで、私はどうすればいいのかずっとわからなかった。
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