第20話:お散歩
「まさか、お屋敷の近くにこんな楽しい森があったなんて思いもしませんでした」
「皇太子様を訪れる方々も、この森で散策するのを楽しみにしておいでです」
お部屋を出た後、私はヴァリアントさんに森を案内してもらっていた。
木々の葉っぱは淡い緑色に輝き、そよそよと風に揺れている。
命輝く季節が近づいていることを教えてくれた。
地面の草も刈りこまれていて大変に歩きやすい。
目が届きにくくて目立たないところまで、しっかり手入れが行き届いているようだ。
「それにしても、隅から隅まで整備された森ですねぇ。妖精さんが住んでそうなほどキレイです」
「専門の担当者が日替わりで管理しております。せっかくですので、草花のお名前などをご紹介いたしましょうか? 他ではあまり見かけない植物も多いですので」
「ぜひお願いします! さっきから気になってたんですよぉ」
さっそくお願いすると、ヴァリアントさんは嬉しそうに草花の解説を初めてくれた。
一番手は地面に生えていたスズランだ。
金色に染まった鐘の形をした花がポンポンと連なっていた。
「まず、こちらに咲いているのは<釣り鐘スズラン>でございます。その名の通り、花の部分が鐘のようになっており、揺らすと鐘の音を鳴らすのです」
「え、そんな不思議な花が……ほんとだ、リンリンと鳴ってかわいいですね」
ゆさゆさすると、控えめな音でチリンチリン……と鳴った。
それこそ小さな鈴を鳴らしているようで、かわいい音に心が洗われた。
さらに奥の茂みには、オレンジ色と藍色の混ざった黄昏の空みたいな美しいお花が咲いている。
うわぁ、なんてキレイなんだろう……と思っていたら、ヴァリアントさんが解説してくれた。
「あちらに咲いているのは<黄昏ソウ>ですね。一日の中で黄昏時にしか花が開かないのです。その瞬間を見れた者は幸せになるという言い伝えがあります」
「名前も黄昏なんですか。今日の夕方にまた来てみようかなぁ……」
「そのときは是非私めもご一緒いたします」
ヴァリアントさんのお話を聞きながらの散策は大変楽しく、私たちは時を忘れて森の中を歩いていた。
「シダ類の植物に隠れるように佇んでいる黒い花は<墨スミレ>でございます。潰すとタコやイカが吐き出す墨のように真っ黒な蜜を出すので、昔は文字を書くのに使われていました」
「真っ黒な蜜……」
かわいそうなので潰しはしなかったけど、たしかに墨が出そうなほど真っ黒な花びらだった。
昔の人が小説を書くときもこの花を使っていたのかな。
先人の知恵を知れた気分だ。
歩けば歩くほど、この森には聞いたこともないお花や草がいっぱい育っていた。
「ここには本当に色んな植物が育っているんですねぇ……あの木はなんて言うんですか?」
「どちらでしょうか?」
「あの幹が太くて、葉っぱがすごく尖っている木です」
三十分ほど歩いたとき、ひと際大きな木が出てきた。
他の木より幹が一回り太く、手の平みたいな葉は先っぽが刺さりそうなくらいに尖っている。
「あちらは<剣匠モミジ>でございますね。葉の縁は結晶化しており、簡易的な武器としても使用できるほど鋭利でございます」
「へぇ~、予想以上に鋭い葉っぱでした」
触っただけで怪我をしそうなほど尖った葉っぱを見ていたら、フッとアイデアが湧いてきた。
剣の代わりに葉っぱを振り回して戦う男の子。
よし、短編の主人公は森の奥に住んでいる秘密の民の末裔で、森の恵みから作った剣を使って戦うキャラにしよう。
ネタが決まった瞬間、頭の中に次々とアイデアが湧き出てくる。
こうなったらもう大丈夫。
展開に困ることはないだろう。
早くお部屋に帰って執筆したい。
「ヴァリアントさん、そろそろお部屋に帰りたいんですがどうでしょう」
「はい、もちろん問題ございません。お散歩は一旦終了してお屋敷へ戻りましょう。森の散策はいかがでしたか?」
「そりゃあもう最高でした。おかげさまで小説のネタも思い浮かびました」
「ベル様のご執筆のお手伝いができて私めも光栄でございます」
ヴァリアントさんと一緒にお屋敷へ戻る。
足取りも軽くウキウキした気分だった。
短編だから今日中に書きあげられるかなぁ。
念のため三日くらいは予定しといた方がいいかも。
執筆プランを考えながら歩いていたら、ちょうど森を抜けたところでヴァンさんとバッタリ会った。
「あっ、ヴァンさん。こんにちは」
『ベル殿、ご機嫌いかがでござるか』
ヴァンさんは相変わらず体がモフモフしている。
触りたいのを我慢していると、ヴァリアントさんは普通にナデナデしていた。
ヴァンさんも特に嫌がらず身を任せている。
そういえば、ヴァリアントさんとヴァンさんはお知り合いなのだろうか。
いや、お知り合いに決まっているか。
だって、二人とも同じお屋敷に住んでいるわけだしね。
微笑ましい光景を見ていると、本心がポッと口をついて出た。
「お二人とも仲が良さそうで羨ましいですね」
「彼は私の弟でございます」
「えええ!?」
衝撃の事実。
あまりのショックに開いた口が塞がらなかった。
まさか、人間の姉とフェンリルの弟だったとは……。
そ、そういえば、二人ともヴァで名前が始まる。
ミステリー小説ばりに上手く隠された伏線だった。
さすがはフィアード様のおつきのメイドさんだ。
このお屋敷には予想もしないことがあふれている……。
衝撃が抜けきらない私に、ヴァリアントさんたちは静かに告げた。
「ウソでございます」
『嘘で候』
「……えっ」
ヴァリアントさんもヴァンさんも涼しい顔をしている。
……なんだ、ウソか。
どうやら屋敷ギャグだったらしい。
本当にビックリしたぞ。
二人とも人が悪いなぁ。
「ヴァリアントさんも冗談を言ったりするんですね」
「こう見えてもギャグセンスは高い方だと自負しております」
『それがしもギャグには自信があるで候』
何はともあれ、ヴァリアントさんたちの意外な一面が見えて楽しいお散歩だった。
ほんわかした気分でお屋敷へ近づいていたけど、徐々に人の騒ぎ声が聞こえてくる。
使用人さんたちのキャーキャーするような声だ。
「あれ? なんだかお屋敷が騒がしいですね。どうしたんでしょう」
「私めにもわかりませんが、何やらひと悶着あったようです。ですが、侵入者などの類ではなさそうなので大丈夫でしょう」
『拙者も
私は結構緊張していたのに、二人ともどっしり落ち着いていた。
姉弟ではないと言っていたけど、達観したような表情がやけに似ているのはなぜだろう。
しかし、そんなことを考える間もなく、私の耳に悲鳴に近いとんでもない叫び声が聞こえてきた。
「ベルはどこだ! どこにいる!? なぜ誰も彼女が消えたことに気づかないのだ!」
「「も、申し訳ございません、皇太子様! 屋敷の誰もどこに行かれたのか把握しておらず……!」」
「今すぐ探し出せ!」
な、なんということ……。
フィ、フィアード様が私を探して怒鳴り散らしている……。
気絶しそうなほど、瞬く間に血の気が引いていった。
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