第19話:短編集へのお誘い
◆◆◆
……………………。
「まさか、あなたがカラブル王子暗殺の犯人だったなんてね…………高嶺の令嬢」
クシヨナル王宮の大広間で、私は青髪の美しい令嬢と向き合っていた。
彼女の闇魔法により仲間たちは捕まってしまい、ここには私たちしかいない。
不気味な静けさが部屋全体を支配していた。
貴族たちの羨望の的で三大公爵家の一人娘。
この人がカラブル王子を殺した……。
箱入り娘でありながら魔法に精通していることは知っていたけど、それが闇魔法だったとは思いもしなかった。
高嶺の令嬢は丸くてサファイアのようにキレイな碧眼で私を見る。
お人形さんのように整った顔はゾッとするほど美しかった。
「あんな下級の王子でも使い道はあるものね。他国による暗殺だというウワサを流せば大きな戦争が起きるでしょう」
高嶺の令嬢はウフフ……と上品に笑っている。
その凍てついた笑みを見ていると、血の気が引いていくようだった。
彼女の佇まいには不思議な力があって、気を抜くと吸い込まれそうになる。
すぐに首を振って精神を持ち直す。
気持ちで負けては勝てるものも勝てなくなる。
「私が絶対にそんなことはさせないわ。戦争なんか起こしてたまるもんですか」
「あら、おっかない顔ですこと」
「あなたはここで倒す! ……迸る闇の力よ、我にその強大な力を貸し与え給え、共にこの悪なる存在を倒したもう……」
魔力を消費し、闇のグラディウスを錬成する。
かなりのエネルギーを使い息切れする。
だけど、負けるわけにはいかない。
彼女を倒さなければ、この先王国にどんな危機が訪れるかわからないのだ。
駆け出そうとした瞬間、黒いもやが高嶺の令嬢を包み込んだ。
「では、ごきげんよう、クロシェットさん。あなたとはまたどこかでお会いするかもね」
「ま、待って……!」
駆け寄ったときには時すでに遅く、彼女の姿は煙のように消え去っていた。
ぷつんと切れた緊張感とやるせなさを感じていると、大広間の外が騒がしくなった。
高嶺の令嬢の闇魔法に囚われていた衛兵たちが集まってくる。
「「大丈夫ですか、クロシェットさん!」」
「え、ええ、私は平気です。みなさんこそ大丈夫でしたか?」
どうやら、大きな怪我はしていないようだ。
みんな無事でホッとしたけど、私は厳しい表情を崩せなかった。
せっかく極悪伯爵を捕らえたというのに、また王国の新たな危機が生まれてしまったのだ。
◆◆◆
「さてと……」
アン先生が来てから数日後、クロシェットの執筆は順調に進んでいた。
彼女が私に抱いていたわだかまりみたいな物も消え、たまに文通することになっていた。
そうだ、今日はエディさんと打ち合わせだったな。
それまでクロシェットのネタ出しをするか。
アン先生にも良い作品を読んでほしいな。
彼女と話してから、よりモチベーションが上がっていた。
ぼんやりと思考に耽っていたら、ドアがノックされた。
「ベル様、ご執筆中失礼いたします。エディがお見えになりました」
「あっ、今行きまーす」
「こんにちは、ベル先生。お忙しいところすみません」
「いえいえ」
扉をガチャッと開けると、エディさんが入ってきた。
彼女もすっかりお屋敷に慣れてきていて、もうやたらとドキドキすることもなかった。
ソファに案内するとゆったり座り、鞄から資料を取り出す。
「では、さっそく打ち合わせを始めましょう。ですが、クロシェットの前に今日は短編集のお話があります」
「短編集ですか?」
「はい。週刊パシアンタで連載されている先生方に短編を書いていただき、それをまとめた本を出版する企画が進んでおりまして。剣術に長けた主人公がテーマとなっておりますが……いかがでしょうか?」
リブロール出版からは、クロシェット以外にもこういう仕事を受けることも多かった。
とてもありがたいので、私はいつもお受けすることにしている。
「ぜひ、書きたいですね。テーマも新しくて興味がそそられます」
「ありがとうございます。ベル先生の作品はどれも本当に面白いので、読者の皆さんも楽しみにされていると思います」
了承するとエディさんは大変喜んでくれた。
その笑顔を見ていると、面白い作品を書くぞ! と気合が入る。
打ち合わせが終わったらさっそく書き始めよう。
短編集に納める作品の大体のページ数や、クロシェットの簡単な相談をして打ち合わせは終了となった。
「では、私はこれにて失礼しますね。今日はどうもありがとうございました」
「いえ、こちらこそです。またよろしくお願いします」
エディさんをお屋敷の外まで見送る。
バイバイと手を振ってお帰りになった。
お部屋に戻るとすぐにペンを走らす。
剣術に優れたキャラか……。
いつも女性主人公だから、今回は男性にしようかな。
サラサラと書いていたらピタリと筆が止まった。
ネ、ネタが思い浮かばない……。
いつもスラスラ書けるわけでない。
それが出来たら一番いいのだけど。
しばらく考えても思い浮かばなかったので、えいやっと立ち上がる。
こうなったときは外に出るのが良い。
体を動かせばアイデアも浮かぶというものだ。
フィアード様に伝えてから外に行こう。
さて、執務室に繋がるドアを叩く。
特に返事はなかったので、そっと中に入る。
「ベルです……失礼しま~す」
あいにくと、お部屋には誰もいなかった。
どうしよう。
フィアード様がいつ帰ってくるかはわからないし。
何も言わず外に行っちゃっていいのかな。
いや、私の机に書き置きしておこう。
置き手紙を書くと、小さな声でヴァリアントさんを呼んだら、どこからかシュバッ! と来てくれた。
「いかがなさいましたか、ベル様」
「お散歩したいのですが、どこかいい場所はないでしょうか」
「それでしたらお屋敷近くの森がよろしいかと存じます。ちょうど季節の草花が咲いておりますのでリラックスできるかと」
ヴァリアントさんは窓の外にある、こんもりとした森を指している。
お屋敷との間は草原みたいになっていて、たしかに歩くだけで気持ちよさそうだ。
「あそこの森に行ってみたいです」
「では、私めがご案内いたしましょう。道中、クロシェットのお話ができればなおのことでございます」
ヴァリアントさんも快諾してくれた。
そういえば、お屋敷に来てから外に出るのは久しぶりな気がする。
ずっとお部屋で執筆の毎日だったし。
お散歩が楽しみだなぁ。
「フィアード様には書き置きしておいたのですが大丈夫でしょうか」
「まぁ、それでいいんじゃないですかね」
ということで、ヴァリアントさんと一緒に森へと向かって行った。
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