第23話:お買い物
「う~ん、やっぱり街の空気はいいですわねぇ~。ベル先生もそう思いますわよね?」
「え、ええ、そうですね。私も久しぶりにこういうところへ来た気がします」
フィアード様のお屋敷の前には馬車が止まっていて、私たちはガタゴト揺られ街へ来ていたのだ。
もちろん、三大公爵家ご令嬢のアン先生が一人で行動するはずもなく、お付きのメイドさんたちが選り取り見取りだった。
道行く人たちの視線が突き刺さるけど、アン先生は気にも留めない。
さ、さすがハイエスト家……。
「では、さっそくお買い物と行きましょうか。まずは、私が最近ハマっているシルクのワンピースを買いましょう。ベル先生の御趣味に合うお洋服があると良いですがね」
「あ、いえ、私のことはどうかお気になさらず……」
「行きつけのお店は“ファボリッテ”と言いますの。これがまた歴史のあるお店なんですが、毎年革新的なデザインを編み出している素晴らしいお店なんですのよ」
アン先生は楽しそうにペラペラペラとお話する。
ああ、とか、はぁ、とか言っていると、他の建物よりひと際オシャレなお店が出てきた。
な、なんかすごく高そうなお店に向かっているのですが。
街の中心部の一等地にでかでかと建っているし、入り口には門番的な人まで待機している。
看板にいたっては金の装飾だ。
ショーウィンドゥに飾られているお洋服は、どれもこれもサラッサラの素材で宝石や金の刺繍が散りばめられている。
デザインだって、ヴァリアントさんが持ってきてくれるようなのと同じ雰囲気だった。
おまけに、お店の看板には皇室御用達と書かれてある。
やけに空いているのが逆に恐ろしかった。
「ああ、そうだ、ベル先生。街では私のことはアン先生と呼ばないでいただけるかしら?」
「わかりました。ペンネームが知られると良くないですもんね」
「ベル先生の呼び名はどうしましょうかしら」
「私はそのままで結構ですよ」
では、と、アン先生に引きずられるようにしてお店に入る。
「ここへ来るのも、ずいぶんとお久しぶりになってしまいましたわ」
「こ、こんにちは……」
「「いらっしゃいませ、アートレイスお嬢様!」」
アン先生が入った瞬間、店員さんたちが大集合した。
王国騎士団みたいに一部の隙もないくらい完璧に並んでいる。
しかも、とんでもない美人ばかりだった。
「今季の新作は入荷してるかしら?」
「「はい! それはもうたくさんご用意しております! さあ、こちらへどうぞ!」」
アン先生と一緒にお店の中を眺める……のだけど、眺めれば眺めるほど緊張してきた。
ど、どのお洋服も目玉が飛び出るほどお高い。
右の棚にかかっている緑のワンピースはストーリー家の食費二週間分だし、左の棚の赤いドレスに至っては食費一か月分だった。
おまけに、服の部分が少なくて際どいデザインほど高い。
布の面積が少ないのにどうして……。
「ふむ、さすがは“ファボリッテ”ね。今期のデザインもなかなか良いじゃない」
「ありがとうございます、アートレイスお嬢様。こちらでは来季の新作を特別に先行販売していますよ」
「あら、そうなの? せっかくだから見させてもらおうかしら」
こんなお店にはアン先生みたい美人じゃないと入っちゃいけないんじゃ……。
ポンコツ娘のとんちんかんな私には場違いも甚だしい。
そ~っとお店から出ようとしたら、目ざとくアン先生に見つかった。
「ベル先生、どちらへ行かれようと言うのです。お買い物はこれからですわよ」
「や、やっぱり、私なんかがこのお店にいるのは迷惑ですって」
「何を仰いますか、ベル先生はベースは良いのですから着こなせるに決まってますわ」
アン先生とお話ししていたら、店員さんたちにすごい勢いで囲まれてしまった。
な、なに?
どうしたんでしょうか?
皆さん、大変に目が血走ってらっしゃいますよ?
そ、そうか、やはり私のような陰に住む者が来てはいけないお店だったのだ。
彼女らの光り輝くキラキラオーラに消されそうになっていたら、ガシッ! と力強く手を握られた。
「「お、お客様はベル先生でいらっしゃるのですか!?」」
「えっ……!」
突然、店員さんたちは思っても見ていないことを聞いてきた。
「「あのクロシェットを書かれた偉大な大先生でございますか!」」
「え、ええ、ベル・ストーリーは私ですが……っ」
「「ああ、なんということでしょう! まさか、ベル先生が来店されるなんて! お店始まって以来の大快挙でございます!」」
店員さんたちはバンザーイ! バンザーイ! とみんなで大喜びしている。
な、何がどうなっているの?
呆然としている私に、聖女みたいに美しい店員さんが教えてくれた。
「私どもはみな、クロシェットのファンでございます! ああ、まさか、作者の方がお店にいらっしゃるなんて……! これが喜ばずにいられますか!」
「そ、そうだったんですか?」
「ええ、ここにいる全員がクロシェットを愛読しております! ぜひ、サインをお願いします!」
「サ、サイン……!?」
聖女風の店員さんは、胸ポケットからクロシェットの最新刊を取り出した。
よ、よくそんなところに入りましたね。
言われるがままにサインしていると、私も私も、と、瞬く間に店員さんたちに囲まれてしまった。
アン先生は嬉しそうな悔しそうな微妙な面持ちで見ている。
「「ありがとうございます、ベル先生! 念願のサインが手に入りました! 一生の家宝にいたしますね!」」
「それならよかったです……」
店員さんたちはみな大喜びだ。
私を連れてきてくれたということで、アン先生にもお礼を言っていた。
そのせいか、アン先生もご満悦な表情になっていて安心する。
やれやれ……と思っていたら、店員さんたちがこれまたお高そうなお洋服やネックレスなんかを持ってきた。
「さあさあ、ベル先生! お好きな物をなんでもプレゼントいたします!」
「お望みとあらば置いてある商品を全てお持ち帰りいただいても構いません!」
「遠慮なんていりませんよ! みんなあなた様のファンなのですから!」
ドレスには細かい宝石が散りばめられているし、首飾りは細い金の鎖が複雑な模様を描いた飾りだった。
触るのがおこがましいほど高価なのがわかる。
「い、いや、本当に大丈夫ですから」
「「なりません!」」
どうしても、プレゼントを! と言われ、とにかく申し訳なかったけど、小さなハンカチを一枚いただいた(一週間分の食費くらい)。
隅っこに本の刺繍がしてあり不思議と愛着が湧いてくる。
かわいいな、と眺めていたら、アン先生が覗いてきた。
「あら、ベル先生。なかなか良い趣味をお持ちじゃありませんの」
「あ、ありがとうございます。でも本当にいただいていいんでしょうか……?」
「良いに決まってますわ。じゃあ、私もベル先生と同じハンカチを追加で買うわ」
「「ありがとうございます、アートレイスお嬢様」」
アン先生も私と同じハンカチを買って、“ファボリッテ”でのお買い物は終わった。
これで終わりなのかと思っていたけど、ただの序章に過ぎなかったらしい。
彼女の行きつけは他に何軒もあり、しかもそのどれもが王室御用達レベルだ。
私は行く先々でサインをし、高価なプレゼントをもらい、色んな意味でへとへとになった。
「あ~、楽しかったですわね~。デザートでも食べてから帰りましょうか」
「え、ええ、ぜひお願いします……」
アン先生がお礼にアイスをおごってくださった。
私はチョコ、彼女はストロベリーとオレンジとグレープとメロンと他にたくさんのフルーツがついたセットのアイスを頼んでいた。
これもまた一口に何粒ものチョコが凝縮しているくらい濃厚で、今まで食べたことがないくらい美味しい。
はぁ……うま。
疲れた体に濃厚な甘みが染み渡る。
アン先生はいつもこんな物を食べているのだろうか。
「やっぱり、小説に行き詰まったときはお買い物するのが一番ですわ~。今日は付き合ってくれてどうもありがとう、ベル先生」
「いえ、こちらこそありがとうございました。私も普段行けないようなところに行けて楽しかったです」
ぐ~っと背伸びしながらアイスを頬張るアン先生は、可憐な乙女そのものだった。
「結局、ベル先生は何も買われませんでしたね。楽しくなかったかしら?」
「い、いえ! 楽しかったです! 本当です! まぁ、少々疲れましたが、私は見ているだけでいいんです」
「せっかくだから何か買えばよろしいのに。言ってくれれば私がいくつか買って差し上げましわよ」
それこそ本当に申し訳ないので、と言いながらアイスを食べていると、改めて感謝の気持ちが湧いてきた。
「ベル先生、私と仲良くしてくださってありがとうございます」
「は、はあ!? 何ですってぇ!?」
「え! す、すみません! 大変失礼いたしました!」
突然、アン先生は怒りだしてしまった。
ど、どうしよう!?
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