第30話:他国進出へ向けて
「いやぁ、まさかクロシェットが他国に進出することになるとは、さすがの私も思いませんでしたよぉ!」
エディさんは私の手を握ってブンブンと振り回す。
肩が外れそうなほどに激しい勢いだった。
今日はエディさんと打ち合わせだ。
大臣たちから手紙が届いたことを伝えたら、すぐにでも相談しましょう! となったのだ。
エディさんはずっと締まりのない笑顔でふにゃふにゃしている。
本当に嬉しそうだった。
「ああ~、いよいよクロシェットも全世界で読まれることになるんですねぇ」
「ところで、リブロール出版の方々はどんな風に仰っているんでしょうか?」
「そりゃぁ、もう、出版長も同僚たちも至極喜んでいましたよ! ぜひ、他国進出したいと言っています。異国に出版するのは創立以来初めてのことらしいです」
そのまま、エディさんはリブロール出版での様子も教えてくれた。
皆さん、すごく乗り気になっているようだ。
それなら良かったのかな。
「ダレンリーフ王国には、クロシェットみたいな本があまりないとも言っていましたね」
「へぇ~、それなら競争相手がいなくて尚更いいじゃないですか。あっという間にクロシェットの独壇場になりそうです」
「しかし……そんなに上手くいきますかねぇ」
幸いなことに、国内では高評価を得ているけど、異国ではどうなんだろう。
国が異なれば文化にも違いが出る。
クロシェットのような話がどこまで受け入れられるか、正直なところ不安もあった。
「上手くいくに決まっていますよ。ベル先生の書かれる作品はどれも大変に面白いですから。現に、この前の短編だって最高傑作でした」
「そうですか、それなら良かったですが」
「特に、主人公の剣捌きがとにかくリアルでしたね。文字を通して本人の気迫が伝わってくるというか。読んでいるだけで私まで緊張してしまいました」
フィアード様が目の前で剣術を披露してくださいましたので、とは言えず、はははと笑っておいた。
ふと、エディさんは真面目な顔に戻る。
「他国での出版に関しては、リブロール出版からも正式に文書を送ることになるかもしれませんねぇ。やはり、きちんとした手続きというものが必要ですので」
「お仕事を増やしてしまいすみません、エディさん」
「いやいや、何を仰いますか。ベル先生のおかげなんですから。できることなら、今すぐにでもクロシェットを全世界に届けたいですが、少し時間がかかると思います」
そういえば、国が違うわけだけど本はそのままでいいのかな。
もしかしたら修正が必要なところがあるのでは。
たくさんあったら大変だ。
週間連載に穴を空けるわけにはいかないし。
「エディさん。ダレンリーフ王国で出版するとき、クロシェットの修正ってどれくらいありますかね」
「そこまで大変ではないと思います。文字や言語も帝国と一緒ですから。表現を多少変えるだけで大丈夫でしょう」
「あっ、そうですか。それなら良かったです……」
たぶん平気だろうとは思いつつ、そう聞いて安心できた。
まだどうなるかはわからないけど、執筆ペースは少し早めに進めておこうかな。
うん、しばらくは1日のノルマを20%増やそう。
余裕は前もって作っておくのだ。
「しかし、ベル先生の本が世界的に売れるとなると、私も忙しくなりますねぇ」
「エディさん、忙しくなってもどうぞよろしくお願いします」
「もちろん、全力で頑張りますとも!」
そう言って、エディさんはドン! と大きく胸を張った。
これからも頑張なくちゃ。
グッと気合を入れていると、エディさんの小さな呟きが聞こえてきた。
「ベル先生の本が売れれば売れるほど、私の評価もうなぎ登り……もしかしたら、出版補佐にだってなれちゃうかも……ふひひ……」
エディさんは見たことない笑みを浮かべている。
どうしたんだろう……と思ったけど、なんとなく聞かない方がいい気がしたので黙っておいた。
「じゃあ、私はそろそろ出版社に戻りますね」
「はい。今日はお忙しいところありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそです。それでは、失礼しま~す」
エディさんは上機嫌で帰っていく。
彼女を見送った後も、私は一人でぼんやりしていた。
本当に私のクロシェットは異国にも行くのかな……。
執筆を始めたときからは想像もつかない。
だけど、一つだけ確かなことがある。
「これも全部……フィアード様やお屋敷の皆さんのおかげだ。もちろん、エディさんも」
常々感じているけど、私一人ではここまで書けなかっただろう。
好きでいてくれる、応援してくれる人たちがいてこそだ。
みんなのためにももっと面白いお話を書かないと……。
泉のように湧き上がるモチベーションを糧に、夜遅くまでクロシェットを書き続けていた。
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