第29話:大臣からの手紙

◆◆◆


「クロシェット嬢。貴殿のおかげでカラブルの命が……いや、クシヨナル王国の未来が救われた。深く感謝申し上げるぞ」

「ありがとうございます、国王陛下」


 国民の大歓声が鳴り響く。

 私がいるのは宮殿のバルコニー。

 そして、目の前にはクシヨナル王。

 王国は王子暗殺という未曾有の危機にさらされたわけだけど、高嶺の令嬢を捕まえたおかげで国内が混乱することもなかった。

 その成果を認められ、私は救世主と称賛を受けていた。


「貴殿には称号、“救国の栄誉”を授ける! この先も神の加護があることを!」

「はっ! ありがたき幸せでございます!」


 王様から銀色のブローチをいただくと、宮殿はひときわ大きな歓声に包まれた。

 “救国の栄誉”は、国を救った者にしか与えられない大変名誉な称号だ。

 クシヨナル王国の長い歴史でも、まだ五人といない。

 その後、宮殿で晩餐会が開かれた。

 国の偉い大臣たちと挨拶を交わすと、カラブル様がやってきた。


「クロシェット、改めて感謝申し上げよう。君のおかげで僕は命が救われた」

「いえ、それはカラブル王子の魔法が優れていたからです」


 カラブル様が幻覚魔法で高嶺の令嬢を欺いたからこそ、彼女に隙が生まれたのだ。

 私はただ上手く立ち回っただけ。

 そう思っていたら、カラブル様は私の手を握った。

 力強く。

 え……な、なんでしょう?


「君に僕の愛を届けるにはどうすればいいのか、朝も昼もずっと考えている! その結果、良い案が浮かばなかった!」

「さ、さようでございますか……」


 ああ、またこの流れか……。

 例の疲れが心にのしかかるも、さりげなく握手を解くくらいしかできない。

 というか、カラブル様は一応第四王子なので、あまり失礼な態度を取ることはできないのだ。

 当たり前だけど。

 晩餐会が終わるまでこんな感じなのかな、と思っていたら、カラブル様の後ろから男性が歩いてきた。

 ま、まさか……。


「カラブル、それくらいにしとけよ。クロシェット嬢も困っているだろ」

「あ、兄上!」


 チャラード第三王子。

 カラブル様と同じ金髪碧眼なのだけど、カラブル様よりずっと背が高い。

 美しい見た目とフレンドリーな性格で、王子の中でも人気が高かった。

 ……のだけど、どうやら女好きな方のようで、あまり良いウワサを聞かないのだ。

 

「クロシェット嬢、この度は本当にありがとう。君がいなければ王国は破滅していただろう」

「あ、いえ……私はただ必死になっていただけで……」


 さりげなく距離を取る。

 チャラード王子もそうだけど、それ以上に令嬢方の圧が怖い。

 仲良くなるな、と目で言われているようだった。


「君の生き様に感動した。もう君以外考えられない。頼む、俺と結婚してくれ」


 え、ええ~!?

 チャラード王子が跪いた瞬間、会場中の視線がすごい勢いで私に集まった。

 特に高位貴族の令嬢方。

 魔物のような恐ろしい目で私を見ている。

 まさしく、これが死線ってヤツね。

 ……勘弁してよ~。


◆◆◆


「ふむ……」


 晩餐会から数日後、私は相も変わらずクロシェットを書いている。

 エディさんに頼まれた短編のお話はもう受け取ってもらった。

 どうやら好評らしくて安心している。

 今は単行本の修正作業をしつつ、毎週の分を書いていた。

 このところ調子が良く、予定より早く進んでいる。

 ぐ~っと背伸びして、ヴァリアントさんが淹れてくれた紅茶を注ぐ。

 今日はダージリンだ。

 レモンもミルクも入れずストレートで飲む。

 一口飲んだ瞬間、渋みのあるも柔らかな風味が湧きたった。

 お菓子は苺やベリーの詰まった特製パウンドケーキ。

 ケーキの甘さとフルーツの酸っぱさが絶妙なハーモニーを奏でる。

 まさしく至福のひと時。

 まるで上品な貴婦人になった気分だ。

 あぁ、なんという優雅な昼下がり……。


「ベル! 大変だ!」

「ぉぶぁっ! フィ、フィアード様……!」


 突然、フィアード様がお部屋に転がりこんできた。

 紅茶やお菓子を吹き出しては貴婦人が台無しなので、ゴクリと胃に押し込む。

 そんな私に構わず、フィアード様は慌てた様子で話を続ける。


「ダレンリーフ王国から手紙が来たぞ! あの大臣たちからだ!」

「……え、ということは、まさかクロシェットが……」

「他国に進出する日が来たのだ!」


 ……なんと。

 本当にそうなるなんて。

 にわかには信じられないよ。

 内心、大臣ギャグなんじゃないかと思っていたのだ。

 フィアード様は一通の手紙を差し出す。

 金の刺繍でダレンリーフ王国の紋章が刻まれていた。

 この手紙だけでどれほどの価値があるのだろう。


「ベル、一緒に手紙を読んでくれ! 興奮しすぎて、何度読んでも頭に入ってこないのだ! だが、ダレンリーフ王国内でクロシェットを出版したい、ということはわかる!」


 それなら、もう十分に把握されていると思いますが……と言えるはずもないので手紙を受け取る。

 中からは、金箔が押された大変に豪華な便箋が現れた。

 さっきからちっとも心が休まらない。

 ぜ、絶対に破っちゃダメ……。

 心なしか震える手で読み上げる。


「〔……貴国と友好な関係を築けること、我が王国にとってこの上ない喜びです。さて、クロシェットの件でございますが、国王陛下に献上したところ、ぜひダレンリーフ王国でも出版するように命じられました。つきましては……〕 お、王様に献上!?〕

「そうなのだ! 向こうの国王も大変に気に入っているらしいぞ! 君の才能に国境はないということだ!」


 さすがに、これはちょっと予想外過ぎた。

 まさかダレンリーフ王国の王様まで読まれているとは。

 クロシェットより展開が激しいんじゃなかろうか。

 このスピード感はぜひとも参考にしたい。


「さっそく、エディ氏に知らせなければならないな! どれ、私からリブロール出版に手紙を出しておこう」

「いえ! 私の方から連絡しておきます! お手数ですので!」


 ただでさえとんでもない内容なのに、フィアード様から直々に手紙が来たらエディさんは卒倒してしまう気がする。


「そうか? なら君に任せるが。……やれやれ、もう会議の時間か。もっとベルと話していたいというのに」

「行ってらっしゃいませ」


 会議に向かうフィアード様を見送ると、エディさんにお手紙を書いた。

 読んだらどんな顔をするかな。

 何はともあれ、ヴァリアントさんに送ってもらおう。

 

「すみませ~ん、ヴァリアントさ~ん。お手紙を……っ!」

「お待たせして申し訳ございません、ベル様」

 

 廊下には誰もいなかったのに、いきなり目の前にヴァリアントさんが現れた。

 い、いったい、どこにいたんですか?


「あの、リブロール出版に手紙を出してほしいのですが」

「かしこまりました。先ほど、皇太子様からお聞きしましたよ。いよいよ、クロシェットが世界進出するのですね」


 ヴァリアントさんは、ほわほわした笑顔を浮かべていた。


「世界というか、まだダレンリーフ王国だけですよ」

「何を仰いますか。いずれ世界に頒布されるのは確実でございます。これは絶対に初版本を手に入れなければなりませんね。どんな書物よりも価値のある本ですから」


 ヴァリアントさんは輝かしい顔で天を見上げる。

 すると、彼女の後ろから尻尾が生えてきた。

 白くてモフモフの尻尾だ。

 え……ウ、ウソ……まさか、ヴァリアントさんは……。


『それがしも祝いの言葉を申させて願いたもう』

「あっ、ヴァンさん」


 何のことはない。

 ヴァンさんが後ろに隠れていたのだ。


『正直な所業、その話を聞いても奇天烈ではござらぬ。クロシェットは書物をめくる手が止まらぬからな』

「ヴァン様のおっしゃる通りです。特に不遇の環境から新天地で評価されていく流れが素晴らしく……」


 ヴァリアントさんたちは思い思いの感想を述べては盛り上がる。

 しばらく、彼女らのクロシェット談義が収まることはなかった。

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