第28話:大好評……?
「こちらがお話にあったクロシェットでございますか。悪役令嬢とは、興味をそそられます」
「なるほど……たしかに、圧倒的なオーラを感じますな。魂がこもっているというか」
「特別なパワーが宿っているようで、触っただけで良いことがありそうです」
大臣たちはクロシェットを受け取ると、おお……! とか、ああ……! とか言いながら眺めていた。
フィアード様は人数分用意してきたみたいで、ちゃんと一人一冊ある。
ひとしきり眺めた後、大臣の一人が感心したように話した。
「表紙には女性の絵が描かれているのですね。まるで、実在するかのようにリアルだ。ダレンリーフ王国では、もっと抽象的な表紙が多いのですよ」
「そちらは主人公、クロシェットのイラストになります。16歳くらいの女性で、長い黒髪が特徴的です」
「「へぇ~」」
さっきから彼らは感心しっぱなしだ。
もしかして、クロシェットのような本は帝国特有の文化なのかな。
だとしたら是非ダレンリーフ王国にも持ち帰っていただきたい。
「レジェンディール帝国には、このような本の絵を描く専門の絵描きがいらっしゃるのですかな? まるで本当の人間みたいだ」
「いえ、私が描きました」
そうなのだ。
執筆当初は、クロシェットのイメージがはっきりしなかった。
ので、試しに絵を描いてみたところ、エディさんに見初められ、そのまま本の表紙に採用された。
エディさんからは「執筆と描画が両方できる人なんてなかなかいませんよっ!」と言われたけど、別に大したことはないと思う。
ただのお世辞だ。
私でもそれくらいはわかる…………のだけど、大臣たちは固まっているんですが。
どうしましたか?
「「ベル先生は小説の作者だと聞いておりましたが、あなたは絵描きでもあるのですか!?」」
「絵描きというほどの腕はありません。昔から絵を描くのも好きでしたので、その流れでと言いますか……」
「「なんとまぁ、それは……」」
大臣たちはひどく感心したように呟いている。
フィアード様はそんなことないだろう。
いや、石像よろしくカチカチに固まっている。
あ、あの~。
「……な……に……? こ、この絵も君が描いたのか? ということは、第二巻も第三巻も君が……」
「え、ええ、そうです。ですが、ただ描いただけですよ」
「初めて聞いたぞ! どうしてもっと早く教えてくれなかったのだ!」
「す、すみません……聞かれなかった……のでっ」
フィアード様に首がもげそうなほど、ガックンガックンと揺すられまくる。
ちょうど意識が飛びそうになってきたときに止めてくれた。
「まさしく、君は稀代の天才だ。クロシェットの絵まで描いていることに気づかなかったとは……私も迂闊だった」
「あ、いえ、私こそすみませんでした」
視界の隅にヴァリアントさんが見える。
なんだかうずうずしていた。
彼女から少し離れた窓には、ピンと立った白い耳が覗いている。
二人ともこちらに来たそうにしていたけど、懸命に我慢しているのが伝わってくるほどプルプルしていた。
フィアード様は軽く咳払いをすると、大臣たちに向き直る。
「何はともあれ、クロシェットの真価はそのストーリーにこそあります。では、さっそくお読みください」
「「ええ、ぜひ!」」
大臣たちは嬉しそうにページをめくり出した。
あぁ、やっぱり朗読しないといけないのかな。
私はもう諦めてしまっていたけど、できることならやりたくなかった。
大勢の前で自分が書いた小説の朗読なんて……。
まさしく、顔から火が出る状況になりそうだ。
と、ぼんやり思っていたら、急に彼らの様子がおかしくなった。
「……うっうっ、これがクロシェット……辛くて切ない境遇にも負けないなんて……大変に強い女性だ」
「私はこれほどまでに心を打たれた小説に出会ったことがない……どうすればこんな話が思いつくのか……」
「たった数ページでここまで感動させてしまうなんて……あなたはまさしく天才的な人物だ」
大臣たちは涙を流し天を仰いでいる。
え、ええ~!?
そんなに泣くようなところありましたっけ~?
第一巻はクロシェットが不当に家を追放されるも、持ち前の根性で新しい人生を始めるだけ。
誰かが死んだり、不治の病になったりとか、悲しいシーンはなかったような気がするけど。
「聖女の家系なのに闇魔法を授かってしまうなんて……ああ、かわいそうに!」
「実家追放という辛い仕打ちにめげない点が特に素晴らしい……! 普通の人間ならばそこで心が折れてしまうだろう!」
「まさしく時代が求めている主人公像だ!」
話しながらも、彼らは熱い涙を流す。
そこまで泣かれると逆に心配になってくる。
自分でも後で読み直そう。
というか、朗読はどうなったんだろう。
できればこのまま流れてくれないかな。
心の中で静かに願っていたら、大臣たちが鬼気迫る表情で迫ってきた。
「「これはまさしく、全人類が読むべき人生のバイブルですよ! ぜひ、ダレンリーフ王国でも出版させていただきたい!」」
「あ、ありがとう……ございます。ですが、すみません。編集さんと相談しないことには、どうにも……」
エディさんが聞いたらどう思うかな。
きっとすごく喜んでくれる気がする。
クロシェットが他国進出したら、リブロール出版も嬉しいだろう。
お金も入ってくるだろうし。
それはいいんだけど、大臣たちが力強く手を握ってくるので手が痛くなってきた。
フィ、フィアード様、私を助けてくださいませんか。
いや……フィアード様も薄っすらと涙を浮べている。
「私は……あなたたちにクロシェットの素晴らしさが伝わって……嬉しいです」
「「……皇太子閣下ぁ」」
フィアード様と大臣の面々は固い握手を交わす。
晩餐会もほどほどに終わり、大臣たちは各々クロシェットを大事そうに持つ。
「皇太子閣下、ベル先生。素晴らしい本をご紹介いただき誠にありがとうございます」
「また新しい生きがいが増えたというもの」
「いやぁ、今夜は眠れませんなぁ」
大臣たちはほくほくしながら寝室へ案内された。
あぁ、良かった、とホッとする。
一仕事終えた気分だ。
何もしていないけど。
やれやれ、と思っていたら、フィアード様がポンと私の肩を叩いた。
「ありがとう、ベル。君のおかげで晩餐会も無事盛況に終わった」
「いえ、私はただ立っているだけでしたので」
「ベル様様だな。クロシェットの魅力も伝えることができたし、近年稀に見るほどの良質な時間を送れた」
その大きな手は、力強くも優しさに満ち溢れていた。
というわけで、密かに心配していた朗読劇はやらなくて済んだ。
その代わり、仕事がどっと増えるかもしれない。
大変ありがたいことではあるけれど、まずはエディさんに連絡しないとね。
喜んでくれるかなぁ。
お話したときのことを想像すると、今から楽しみになってきた。
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