第31話:裁きを下してやる(Side:ワズレス③)

「皇太子の屋敷に関する新たな情報が入った」


 侵入の技術を磨いたり、アイテムの使い方を練習していたある日、俺とイーズはクルーエル公爵の部屋に集まっていた。

 顎で促され、やたらと黒い椅子へ座る。


「なんだよ、情報って」

「一週間後、皇太子は王国騎士団の演習を視察に行く。ヤツが屋敷からいなくなるまたとない機会だ。よって、国防書類を盗む日取りを決まった。一週間後の深夜だ」

「「……え」」


 そう言われた瞬間、心臓がヒヤリとした。

 なんだかんだ言って、本当に盗むことはないだろうと高を括っていたのだ。


「どうした、ワズレス殿。顔が真っ青だぞ。イーズ嬢も」

「ちょ、ちょっと待て。その情報は信頼できるのか?」


 まだ心の準備がまったくできていない。

 もっともらしいことを言って時間を稼ぐのだ。


「もちろん、信用に足る。皇太子の屋敷に送り込んでいる密偵からの情報だ」

「なに、密偵がいるのか? そういうことは早く言えよ。というか、どうやって紛れ込ませたんだ」

「私の手先だと気づかれないよう、入念に経歴を偽造した使用人だ。皇太子も全く疑っていないと報告を受けている。ヴァリアントというメイドだ。まぁ、名前など貴様らには関係ないだろうが」


 そんなこと初めて聞いたぞ。

 皇太子の屋敷に内通者を送り込めるなんて……わかってはいたが、こいつは思ったより王国の深部まで入り込んでいるらしい。


「だとしてもだな。すぐには信じられないというかなんというか……」

「なぜそこまでワシを疑う……まさか、怖じ気づいたわけではあるまいな?」

「あ、いや……」

「それならば問題ないな。では、準備に取り掛かれ」


 まずい、とうとう決行の日が決まってしまった。

 胸が騒がしくなり、落ち着いてなどいられない。

 そうだ、イーズはどう思っているのだろう。

 横に座っている彼女を見るが、なぜか首が上手く回らない。

 ギギギ……と骨が軋むような音を立てると、ようやくイーズを視界に捉えた。

 その顔はこわばり、額には脂汗や冷や汗が滲んでいる。

 やはり、こいつも緊張しているようだ。

 急に怖くなってきて、クルーエル公爵に訴える。


「な、なんだか、ずいぶん急な話だな。もっと念入りな準備をするんじゃなかったのか?」

「もちろん、準備は大切だ。だが、あまり時間をかけるわけにもいかないのだ」

「ど、どうしてだよ」


 クーデターの手筈が整っていようが、俺はまだ心の準備ができていない。

 こんな突然に決まるとは思わないだろうがよ。


「国境付近で待機している部下たちは、もうずっとクーデターの合図を待っている。どうやら、最近は士気の低下が顕著になってきたようだ」

「そんなのお前が強く言ってやれば済む話じゃねえのか。……そうだ、俺たちにかけた魔法を使えばいいだろ。逆らったら苦しめればいいんだ」

「私の大事な部下たちに、拘束の魔法はかけていない」


 は?

 そうなのか?

 こいつのことだから、てっきり関わる人間全てを魔法で支配しているのかと思った。


「クーデターを起こすには部下たちの強い信頼が必要だ。魔法で支配しては上手くいく物も失敗してしまう。貴様のような浅はかな人間にはわからないだろうがな」


 クルーエル公爵は大きなため息を吐いた。

 激しく見下されているようで無性に腹が立つ。

 だが、逆らうとまた体が締め付けられる。

 ちくしょう、どうすればいいんだよ。


「だったら、俺たちの魔法も解いてくれよ。信頼があるんなら必要ないだろ」

「そうですわ。この忌々しい痣を早く消してくださいませ」


 俺たちはこいつのために、懸命に毎日を過ごしてきた。

 もう十分信頼されているはずだ。


「それはならん。いつ裏切るかわかったものではないからな」

「おい、俺たちは信用してないってことかよ」

「そうだ」


 クルーエル公爵は間髪入れずに答える。

 ふざけんな。

 はらわたが煮えくり返りそうだったが、懸命に堪える。

 ……まぁ、いい。

 重要書類を盗んだ暁には、さすがに解除されるだろう。

 そうなったときがお前の運の尽きだ。

 二度と魔法が使えないくらいボコボコにしてやる。


「だけどよぉ、屋敷の警備はどうなんだ? 皇太子がいないとはいえ、おいそれとは入れないだろ」

「常日頃から衛兵たちがウロウロしていると聞いてますが?」


 そう、侵入先はレジェンディール帝国皇太子の屋敷だ。

 手練れの衛兵や警備の人間がたくさんいることは間違いない。

 いくら侵入の技術を磨いても不安になる。


「その点も心配いらない。当日の夜、密偵が屋敷近くの森に火を放つ。火事の混乱に乗じて屋敷に侵入するのだ」

「「なるほど……」」


 そうだった、皇太子の屋敷には内通者がいるのだ。

 ならば何も心配はいらない。

 むしろ、当日のサポートだって期待できる。

 気持ちが楽になり、テンションが上がってきた。


「さて、お前たちの方はどうなのだ? アイテムの方も使いこなせているんだろうな?」

「ああ、ずいぶん練習したからな。それこそ手足のように扱えるさ」

「毎日訓練してきたのですよ」


 俺たちに支給されたのは<すり抜けローブ>。

 見た目はただの茶色くてぼろいガウンだが、こいつに魔力を与えと覆った者を透明にし、壁や床をすり抜けることができる。

 便利な能力の代わりに魔力調節が難しく、少しでもオーバーしたり足りなかったりすると光り輝いてしまう。

 クルーエル公爵の元で修行を重ね、どうにかコントロールすることができた。

 傍らのイーズが心配そうな声で話してくる。


「ワズレス様、上手くいくでしょうか……。もし失敗したら……」

「大丈夫。心配することはないよ。皇太子の屋敷には密偵だっているんだから。いよいよ……憎きベルと皇太子に復讐するときが来たんだ!」

「そう……ですわね。お義姉様を痛い目に遭わせてやりますわ!」


 あの日の屈辱が蘇る。

 少しずつ気持ちが高ぶってきて、早く決行日が来てほしくなった。

 さっきはあんなにビビッていたのに不思議なもんだ。

 俺たちが国防の機密書類を盗み、クルーエル公爵がクーデターを起こす。

 これでこの国も終わりだな。

 ベルや皇太子に至っては惨め極まりない死を迎えるだろう。

 そう思うと笑いが止まらなかった。

 見ていろ、ベルに皇太子。

 俺がお前たちに裁きを与えてやる。

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