第34話:至福の時

 ドアを開けて入ると、期待を裏切らない内装が広がっていた。

 

「「……うわぁ……素敵……」」

『これは見事なり』


 自然の色を利用した明るい茶の壁や床。

 これまた木製の机や長椅子に、ぐるりと上に向かっている螺旋階段……。

 中央にはベージュの絨毯が敷かれている。

 コテージの中には、そこはかとなくひのきの香りが漂う。

 木の香りは気持ちが落ち着き、佇んでいるだけでリラックスできた。


「ベル先生、二階にも行ってみましょう!」

「あっ、待ってください、エディさん!」


 待ちきれない様子のエディさんを追いかけて階段を登る。

 二階はロフト構造になっていた。

 ふんわりしたラグの両脇には小さなベッドが一つずつ。

 屋根が斜めに迫っているけど、それが逆に落ち着く。


「くぅぅ……! 一度でいいから、こういうところで寝てみたかったんです……!」

『それがしも今宵はここにで寝ようぞ』


 エディさんは光り輝く瞳で拳を握りしめていた。

 奥の壁には丸い小窓がある。

 いそいそと近づき覗いてみると、昼間遊んでいた湖が見渡せた。

 上の方には黄昏色に染まった空も見える。

 幻想的な光景に、自然と感嘆の言葉が漏れた。


「本当に小説の世界にいるみたいですね……」

「ベル先生のおっしゃる通りです……なんて美しい景色なのでしょう」

『思わず見とれてしまう……』

  

 しばしの間、みんなで景色を堪能すると、晩御飯前に入浴しようとなった。

 エディさんとお風呂に向かう。

 事前に、コテージの中に併設されていると聞いていた。

 ヴァンさんは水浴びしたからいい、と言って来なかった。 

 目の前には乳白色のお湯……。

 浴場もまた二人ではもったいないほど広く、エディさんは感激しきりだ。

 私に至っては喜びで身体が震えていた。

 絞り出すように声を出す。


「こんな広いお風呂に入れるなんて……夢みたいです。私はとにかくお風呂が好きなんですよ」

「そういえば、ベル先生は無類のお風呂好きでしたね。まさしく、ベル先生のためのお風呂と言っても過言ではありません」


 さっそく、身体を洗いお湯につかる。

 とろりとした泉質で、入った瞬間温かさが全身に染み渡った。

 これはたまらんですよぉ~。

 特に喋ることもなく、ただひたすらに素晴らしい時間を堪能していた。

 お風呂から上がり、リビングに戻る。

 晩御飯は自分たちで作るんだな、と思っていたけど、いつの間にか使用人さんたちが集まっていて、すでに美味しそうなお料理を作ってくれていた。

 新鮮なトマトやレタスを使ったサラダに、薄いけど大きくスライスされたローストビーフ。

 オニオンスープからはほかほかと湯気が立っているし、見ただけでお腹が空いてくる。

 テーブルにはヴァンさんが鎮座していた。


『待ちくたびれたでござるよ。早う席に着いてくれ』

「「す、すみませんっ!」」


 慌てて座り、神様に祈りを捧げる。


「「……本日も生きる糧をくださり、深く感謝いたします。それでは、いただきま~す」」


 ローストビーフをパクッと食べた瞬間、電撃のような衝撃に襲われた。

 な、なんという美味しさ。

 舌に乗せただけでとろけるような柔らかさに、甘くてしょっぱい絶妙なソースの存在感!

 野菜から食べた方が太らないらしいけど、そんなことはどうでもいい。

 いくら食べても、お皿にはまだまだたくさんある。

 ええい、全部食べちゃえ!

 密かに予定していたダイエット計画を即刻破棄して、たらふく食べるのは志向の時間だった。


「「はぁ……美味しかったぁ……なんという贅沢なバカンス……」」

『それがしも満腹になったでござる』

 

 のんびりしていたらお皿が下げられていく。

 そうだ、片付けしないと。

 食器を洗おうとしたのに、あれよあれよと回収されてしまった。

 あっという間に片付けも終わり、使用人さんたちは「おやすみなさいませ」と言ってコテージを出ていく。

 慌てて追いかけて外に出たときには、すでに人っ子一人いなかった。

 ど、どこに行ったの?

 一瞬幻覚でも見ていたのかと勘違いするほどの手際の良さだった。

 エディさんがあくびしながら、ぽわ~と呟く。


「眠くなってきましたし、もう寝ますか、ベル先生?」

「湖でいっぱい遊びましたからね。私も眠くなってきましたよ」

『拙者も……』


 私にもあくびが移ったからか、急速に睡魔に襲われる。

 みんなで二階に登り、ヴァンさんは横になるとすぐに眠ってしまった。

 ベッドに潜り込むと、雲に包まれているような柔らかさを感じる。


「これも全部ベル先生の担当をさせてもらっているおかげですね……幸せ過ぎます」

「いえいえ、私こそエディさんが来てくれて良かったです」


 この休暇は良い思い出になりそうだな。

 素晴らしいロケーションもそうだけど、それ以上に大事な人たちが近くにいるのが何よりも嬉しい。

 ヴァリアントさんやフィアード様も一緒に来られればもっと良かったけどね。

 温かい気持ちがになり、深い眠りに落ちていく……。


「それで、皇太子様とはどんな感じなのですか?」

「……え?」


 いきなりエディさんに質問され眠気が覚めた。


「ベル先生と話しているときの皇太子様は本当に楽しそうなんで、仲良さそうでいいなぁと思っていたんです」

「フィアード様は……そんなに楽しそうなんですか?」

「ええ、あの“恐怖の皇太子”なんて二つ名がついているとは思えないほどですよ。国の人たちも、ベル先生と話す皇太子様を見るとイメージが変わるはずです」


 そんな風に見えているんだ。

 いつの間にか、フィアード様の笑顔は当たり前になっていた。

 改めて言われ、それが普通ではない特別なことなのだと気づく。


「……ベル先生は皇太子様のことをどう思ってらっしゃるんですか?」

「わ、私っ……!?」


 なぜか心臓がドキリとする問いだった。

 さっきまで静かだった胸が騒がしくなる。

 ど、どうしてこんなにドキドキするの。


「お二人は大変にお似合いだと思いますけどね。きっと、皇太子様だってベル先生を……」


 エディさんは最後まで言い終わることなく、夢の世界に行ってしまった。

 すうすうと寝息が聞こえる中、今話したことを思い返す。


――私はフィアード様のことを、どう思っているのだろう……?


 最初はすごく怖い人というイメージしかなかった。

 でも、今は違う。

 フィアード様のように優しくて頼りになり、私のことを大事にしてくれる人は他にはいない。

 いつかこの気持ちを伝えたいな。

 そんなことを考えているうちに、私もすやすやと眠ってしまった。

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