第3話:私はこれからどうなるの!?
「私の一日は『悪役令嬢クロシェットはへこたれない』を読むことで始まる」
ここは皇太子様のお屋敷。
普通ならありえない場所に私はいた。
そして、目の前には皇太子のフィアード様。
さっきから、クロシェットの感想をずっと話している。
全てがありえないことでどうにかなりそうだった。
「はっきり言って、君の作品は私の半身に等しい。クロシェットに出会えたことは、私の人生で最上の喜びに等しいな」
「あ、ありがとうございます」
フィアード様は本当に楽しそうな笑顔だ。
失礼極まりないけど、この人も笑うんだなと思った。
恐ろしく凄みのある笑顔ではあるけれど。
「クロシェットが豪傑騎士団長のぬいぐるみを探し出すところは本当に面白かった。あの展開を考えるのは難儀しただろう?」
「あ、いや、それほどでも……数分で考えました」
「なに!? たった数分だって!? ……なるほど、これが天才というヤツか。君はものすごい才能の持ち主だな」
「はは……」
言えない。
〆切に追われてて必死に考えた末の展開だとはとても言えない。
フィアード様がおっしゃっているところは、えいやっ! と思い切って書きなぐったエピソードだった。
「君の本の最新刊は、いつも3冊買うことにしている」
「さ、3冊……でございますか。ど、どうして、そんなに買ってくださるのですか?」
一種類の本をそんなにたくさん買う人なんて初めて見た。
い、一冊あれば十分だと思いますが。
「読む用、保管用、布教用だ」
「な、なるほど……」
フィアード様は当然のように話す。
読む用と保管用はわかるけど布教用ってなんだろう?
「できることならば全てを買いたい。だが、そうすると他の者が読めなくなる。これは我が国にとって重大な機会損失だ。文化の衰退を招く恐れもある」
「え、ええ……」
フィアード様は悩ましいお顔でいらっしゃる。
まさか、皇太子様まで読んでいたなんて。
話を聞く限り、私の作品を本当に好いてくださっているらしい。
大変名誉なことだ。
い、いや、ちょっと待って。
それ以上に恥ずかしくてしょうがなくなってきた。
色んな人に読まれているのは承知しているけど、面と向かって感想を言われると無性に恥ずかしい。
「そして、作者の君に聞いておきたいのだが、今後皇太子の人物が登場する展開はあるか?」
「こ、皇太子……でございますか?」
「ああ、そうだ」
いきなり、よくわからない質問をされた。
なぜそんなことを聞くのだろう?
疑問に思っていたら、フィアード様が話を続けてくれた。
「私は実際の皇太子だからな。人物造形の参考になるはずだ。どんな質問にも答えられる。好きなだけ質問しなさい」
フィアード様は聞いてほしくてたまらないといった感じだ。
なんとなくワクワクしているのが伝わってくる。
だけど、皇太子キャラが出てくる予定はまだなかった。
「ほ、本当に申し訳ございません。今のところはありません」
「…………そうか」
沈黙がお部屋の中を支配する。
ウソであっても「皇太子キャラ出ます」って言った方が良かったのかな。
いや、ずっと出てこなかったらそれこそ良くないだろうし……。
ううう、なんて答えればよかったの……。
頭の中で悩みまくっていたら、さて、とフィアード様が気を取り直したように言った。
「君はこれからここに住むと良い」
「え!? こ、このお部屋にですか!?」
「ああ、そうだ。ストーリー家より過ごしやすいだろう。執筆に集中できると思うが?」
改めてお部屋の中を見渡す。
下手したら私の家より広かった。
落ち着いたアンティーク調の家具がセンスよく並び、机の上にはこれまた国内最高品質の羽ペンやら紙やらが置かれている。
今までは、がたつくテーブルとギシギシするペンを使っていた。
たしかに書きやすそう……。
「この部屋の隣には私の仕事場兼寝室がある。何か困ったことがあったらいつでも来なさい。すぐに対処する」
「し、しかし、そこまでご厄介になるのはさすがに申し訳ないです」
「気にしなくていい。ここに住みなさい」
流れるように色んなことが決まっていく。
実家に私の居場所はないから、ありがたいことはありがたいけど……。
「あ、あの」
「なんだ?」
「ど、どうして……私のことを助けてくださったのでしょうか?」
ずっと気になっていたことを尋ねた。
皇太子様にこちらから質問するなんておこがましいかもしれない。
でも、どうしてもこれだけは聞いておきたかった。
「ああ、そのことか」
フィアード様は思い出したように呟く。
何を言われるんだろう。
緊張でゴクッと唾を飲んだ。
どんなことを言われても大丈夫なように覚悟を決める。
「続きが読めなくなると困るからだ」
だけど、告げられたのは予想外の言葉だった。
「つ、続き……でございますか……?」
「ああ、そうだ。君が精神的な苦痛により筆を折ってしまった場合、クロシェットが読めなくなってしまう。もしそうなったら、私はどうしたらいいのだ」
その怖いお顔は不安に駆られたような表情だ。
そこまで私の作品を好きでいてくださるなんて……。
私の胸は温かな心で満たされていく。
「フィ、フィアード様」
「なんだ?」
「ありがとうございます……私の本を面白いと言ってくださって。私……とても嬉しく思います」
「素直な感想を言ったまでだ」
多少は売れてるから評判はいいと思っていたけど、実際に読者の方から面白いと言われることは今までなかった。
そもそも交流してこなかったからだけど。
だから、直接“面白い”とか“好きだ”とか言われるのは本当に嬉しかった。
よし! と決心する。
「それで、私はここで何をすればよろしいのでしょうか」
「……なに?」
ついぞ、言われることはなかったので、覚悟を決めて聞いた。
フィアード様は怪訝な顔で私を見ている。
たかが男爵令嬢の私が、何の理由もなしに連れて来られるわけがない。
きっと、とんでもない仕事をやらねばならないのだ。
朝から晩まで鉱山から魔石を運び出したり、一人で悪いドラゴンを討伐したり、魔族の残党狩りをしたり。
そ、それとも、黒魔術の生け贄……。
「伝わっていると思っていたが、改めてハッキリと言わせてもらおう。私から君に言うことは一つだけだ」
「は、はぃ……」
もうダメだ。
気絶しそう。
「早く続きを書きなさい」
「…………え?」
フィアード様から告げられたのは、またもや予想もしていない言葉だった。
続きを書きなさい?
「早くクロシェットの続きを書いてくれと言っているのだ」
「で、ですが、とんでもない重労働とかはしなくていいのでしょうか。魔石の搬入やドラゴンの討伐、魔族の残党狩り、黒魔術の生け贄は……」
「……君は何を言っているんだ? まったく意味が分からん。も、もしかして、クロシェットの新しい展開か!? ダ、ダメだ! それだけはダメだ! いくら君でもやって良いことと悪いことがある!」
フィアード様は耳を抑え、激しく頭を振っている。
それこそ、とんでもなく苦悶に満ちた表情だった。
「君はただクロシェットの続きを書いてくれればいいのだ。執筆に関すること以外は全て屋敷の者が行う。食事も君が望むあらゆる料理を用意するし、掃除、洗濯……そんなものは全てこちらに任せておけばいい」
「わ、わかりました。申し訳ございませんでした」
「だから、クロシェットのネタバレだけはするな」
そう言い残すと、フィアード様はお部屋から足早に出て行ってしまった。
皇太子がネタバレという言葉を知っているのも不思議だったけど、とりあえずホッとする。
ああ、良かった。
殺されることはなさそうだ。
いや、ちょっと待って!
何か大事なことを見逃している気がする…………あっ!
その瞬間、背筋が凍った。
これ…………本が書けなかったらどうなるの?
まさか、殺……。
大至急でクロシェットの続きを書き出した。
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