婚約破棄された小説家ですが、恐怖の皇太子様が私の熱烈なファン(重度)でした~作者の私を大事にするあまり、溺愛とも言える行動をされるのですがどうすればいいでしょう?~
青空あかな
第1話:婚約破棄の後ろには
「はい、悪役令嬢の君を婚約破棄するまで1年かかりました~」
いつもみたく、お庭で本を書いていたときだ。
頭の上から男性の声がポンッと落ちてきた。
ん? と顔を持ち上げると、婚約者のワズレス様がいる。
この方はレジェンディール帝国の名家、レッカード伯爵家のご長男。
私たちはいわゆる政略結婚で、その婚約も一方的に決められたものだった。
「ワ、ワズレス様……こんにちは」
「ハハハ。こんにちは……だなんて、よく挨拶できるね。婚約破棄された直後なのにさ。君には色んな意味で驚かされるよ。なぁ、ベル・ストーリー」
長めの金髪に青く澄んだ瞳。
その麗しいお顔で、たくさんのご令嬢と親しくしていた。
いつものように見下した様子で私を見ている。
私のことが大して好きではないだろうに、なぜかよくストーリー男爵家に遊びに来ていた。
そして、その顔を見ていると、さっきのセリフが鮮明に思い起こされた。
じわじわと私の心を蝕んでいく。
「こ、婚約破棄とはどういうことでしょうか……!?」
「“君と結んでいた婚約を破棄する”という意味だよ。本を書いているくせに、そんな言葉もわからないのか?」
「で、ですから、そういうことではなくて……」
ワズレス様はニヤニヤしたままだ。
私の反応を見て楽しんでいるらしい。
この意地悪な感じが、私はとても苦手だった。
「さあ、出ておいで。僕の可愛いイーズ。この無粋な娘に君の美しさを見せつけてやりなさい」
「こんにちは、悪役令嬢のお義姉さま。今日も地味な生活を送ってらっしゃいますわね。よく飽きないなと、さすがのあたくしも感心いたします」
「イーズ!?」
ワズレス様の後ろから、ぴょこんと小柄な女の子が出てきた。
彼女はイーズ・ストーリー。
真っ赤な長い髪に、女豹みたいな鋭さを感じる赤い瞳。
妹なのに、髪も目の色も私みたいな黒とは違う。
それもそのはず、彼女は義妹だった。
「ああ、君はいつも美しいね。一度見たら目が離せなくなってしまうよ」
「ワズレス様こそ見とれてしまうほど素敵ですわぁ。なんてカッコいいのでしょう」
二人は長年の恋人のようにくっついている。
私のことなどお構いなしだ。
悲しみよりも驚きで胸がいっぱいだった。
「ふ、二人とも……いったい何を……?」
「互いの愛を確認し合っているんだよ。僕は真実の愛を見つけたのさ。まぁ、いつも本ばかり書いている君にはわからないだろうがね。なぁ、文章を書くことしか取り柄のないベル・ストーリー」
「お義姉さま。空想の世界に閉じこもってばかりいないで、たまには外の世界を見てはいかがですか? そうしないと、大切な婚約者を奪われてしまいますわよ? あら、もう遅かったわ。オホホホホ」
「……」
二人はずっと高笑いしている。
そうか、私は義妹に婚約者を奪われたのだ。
言葉よりも何よりも、彼らの行動が示していた。
「ああ、そうだ。この前、君の本を読んではみたけどね。なんだい、あれは。駄作もいいところじゃないか」
「だ、駄作……」
「そうさ。あんなものを好きな人の気が知れないね。僕に言わせればゴミ同然。いや、ゴミ以下だね」
「ワズレス様のおっしゃる通りですわね。紙とインクがもったいないですわ」
彼らが罵倒しているのは私の小説、『悪役令嬢クロシェットはへこたれない』。
ストーリー男爵家は貴族だけど、別に裕福ではない。
そこで、私が本を書いて家計を助けていた。
昔から本を書くことが好きだった。
好きが高じて、今では仕事になっているほどだ。
悪役令嬢が主人公なので、私も二人から悪役令嬢と言われていた。
幸いなことにそこそこ売れていて、今では家計の大きな助けになっている。
「それにしても、お義姉さまの本はちっとも売れませんわね。あたくしの買いたい服が少しも買えませんわ。どうせ書くのなら、もっと売れる作品を書いてくださいまし」
「そ、それはあなたが高いドレスやブレスレットなんかを買うからで……」
結局、イーズがドレスやら宝石やらを買い占めるので、裕福になることはなかった。
家族もみな彼女の言いなりなので、私が悪者にされる毎日だ。
「ちょっとお義姉さま! あたくしのせいと言うのですか!?」
「聞き捨てならないな! イーズのせいだと言うのかね!?」
「だから、違くて……」
これもいつもの展開だ。
二人は都合の悪いことを指摘されるとすぐに逆ギレする。
私もめっきり疲れてしまい、特に反論することもなくなっていた。
「お義姉さま、私のことを恨まないでくださいね。真に魅力的な女性は、どうしても人を惹きつけてしまうものですから」
「恨むのなら地味で取り柄のない自分を恨むんだな。本ばかり書いていないでもっと現実を見るべきだったなぁ」
「さて、お義姉さま。これだけは言わせてくださいませ。あなたの書かれた小説は本当につまらなかったですわ」
家族のために書いていたのに評価されなかった……。
その事実は、イーズの言葉は無慈悲に私の心へ突き刺さる。
「“事実は小説より奇なり”とはよく言ったものだ! ほらほら、どうした? 続きを書いてみろ!」
「婚約者を義妹に奪われるなんて、小説でも見ないような展開でしょう? さっそく書いたらいかがですか?」
二人は冷やかしながら、私の周りをぐるぐる回る。
小説を書くのは好きだけど、これ以上続けて何になるのだろう。
もう、ダメかもしれない。
そっと羽ペンを机に置いた。
ワズレス様たちは勝ち誇ったように大笑いする。
「ハハハハハ! さすがの悪役令嬢も、もう本なんか書けないようだな! ざまーみろ!」
「あーあ、もったいない! せっかく素晴らしいアイデアを提供して差し上げましたのに!」
ごめんなさい、クロシェット。
あなたの人生を描いてあげることができなくて。
涙をグッとこらえて謝る。
物語の人間たちは、私が書かないと人生を送れないのだ。
続きを楽しみに待ってくれている読者たち、そして、何よりも物語のみんなに申し訳なかった。
「さあ、ベル・ストーリー! この家からも出て行くんだ! もう君の居場所はないんだよ!」
「お母様とお義父様も了承してますわ。早くどこか遠くへ行ってくださいまし」
「はい……わかりました」
もうこれ以上この場にはいられない。
紙とペンをまとめて立ち上がる。
これからどうしようか……。
当ても何もない。
ふと、二人を見たとき、ワズレス様の後ろに誰かいるのに気がついた。
直後、全身から冷や汗が噴き出した。
心臓が壊れそうなくらいドキドキする。
そのお顔を見ているだけで震えが止まらない。
「あ……あ……」
ウ、ウソ……ど、どうしてこんなところに……。
あまりの恐怖に体が震え、婚約破棄のショックなど消し飛んでしまった。
「ハハハ、なんだいその顔は? 悪魔でも見たような顔じゃないか」
「そんな顔では嫁の貰い手が見つかりませんことよ?」
二人はヘラヘラ笑っているけどそれどころじゃない。
“悪逆非道が人の身になった”と呼ばれる存在がそこにいる。
国内で一番大きな体、右目に刻まれた4本の傷、グリズリーも素手で殺せるほど発達した筋肉、見るだけで人を殺せそうな鋭い目、さらには先の大戦で魔族を皆殺しにしたほどの魔術の腕。
悲鳴に近い声を上げた。
「こ、皇太子様!?」
「「っ!?」」
ワズレス様とイーズは、首がもげるほどの猛スピードで後ろを振り向く。
“恐怖の皇太子”ことフィアード様が鬼の形相で立っていた。
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