最終話:事実

「読めば読むほど私のイメージが重なってくる……」

「以前、フィアード様が皇太子キャラは出さないのか? とお尋ねになりましたよね? せっかくならばと出させていただきました。もちろん、所々変えているところはございますが」

「そうだったのか……読んだときは嬉しさと驚きがすごかった。しかし、確かに言ったような気がするが、もうずいぶんと前だぞ。まさか、ずっと覚えていてくれたのか?」

「はい、一度も忘れたことはありません」


 忘れようと思っても忘れるはずがない。

 あの日、私の新しい人生が始まったのだから。


「フィアード様のおかげで、私はクロシェットを書けているんです」

「な、なに……それはどういう意味で……」


 あれは私が初めてお屋敷へ来たときのことだった。

 フィアード様は私のファンだと、ここに居ていいと言ってくれた。

 その言葉にどれだけ救われたか見当もつかない。


「婚約破棄されて行き場のなかった私を、フィアード様は温かく迎え入れてくれました。もしフィアード様にお会いできなければ、私はそのまま筆を折っていたかもしれません」

「ベル……」


 フィアード様の温かいお言葉が、まさしく私の生きる糧だった。

 この方と出会えたことが、私の人生で一番の幸せなのだ。


「私はフィアード様に救われました……そのご恩を少しでもお返ししたかったんです」


 絶望のどん底にいた私を、フィアード様は引き上げてくださった。

 いくら感謝してもしきれない。

 だけど、私はただのしがない男爵令嬢。

 どうすれば感謝が伝えられるかと、必死に考えた結果がこれだった。


「非力な私にはこんなことしかできませんが、少しでも感謝の気持ちがお伝えできれば嬉しいです」


 良かった……やっと恩返しできた。

 前から思っていた気持ちをお伝えできてホッとした。

 ずっとタイミングがなくて言えなかったのだ。

 フィアード様は

 フィアード様は何も言わない。

 え……ど、どうして……?

 冷や汗をかいていたら、いきなり力強く抱きしめられた。

 恥ずかしさと嬉しさで心臓が跳ね上がる。


「フィ、フィアード様!?」

「これ以上ないほどの贈り物だ! ありがとう、ベル! こんなに嬉しいのは生まれて初めてだ!」


 顔を見上げると、満面のフィアード様がいた。


――書いて良かった……。


 眩しいほどの笑顔を見ていると、心の底から強く思えた。

 大事な人に感謝を伝えるってこんなに幸せなことなんだ。

 不幸から始まった私の幸福はこの先もずっと続くだろう。

 どこからともなく、じんわりと実感していた。

 私を抱きしめたまま、フィアード様は


「ベル、私は君が……好……」

「『ベル様(殿)!』」


 突然、お部屋のドアがバーン! と開かれ、ヴァリアントさんとヴァンさんが入ってきた。

 フィアード様が慌てて私を離す。


「な、なんだ、二人とも! ノックもせずに入ってきてはダメだろう!」

「申し訳ございません、フィアード様。今回のクロシェットが素晴らしすぎて、居ても立っても居られなかったのでございます」

「そ、そうか……それなら仕方あるまいな」


 注意したかと思いきや、次の瞬間にはフィアード様はうんうんと納得したようにうなずいていた。


「さて、ヴァリアント、ヴァン。君たちは今回の特典ショートストーリーを読んだかね?」

「特典ショートストーリーでございますか? もちろん読みましたが」

『拙者も読んだでござるよ』


 二人とも、そう言ったっきり黙ってしまった。

 お部屋の中を静寂が支配する。


「……何か感想はないのか、と聞いている」

「はぁ、いつものごとくページをめくる手が止まらないほど面白かったですが……」

『いと楽しくて、いたし方がのうこざった』


 なんかやけに淡々と説明しているけど、二人ともフィアード様には塩対応なのかな。


「……ふむ、仕方がない。私の口から言うしかないか。聞いて驚くな。あの皇太子のモデルは……なんと、この私なのだ!」


 フィアード様はドーン! と誇らしげに胸を張る。

 一方、ヴァリアントさんもヴァンもポカンとしていた。

 

「うおっ!」


 と、思ったら、二人はフィアード様を押し退け、すごい勢いで私に迫りくる。


「ベル様、私めもクロシェットに出たく思います!」

『拙者も右に同じ!』

「あっ、ちょっ」


 だいたい想像はついていたけど、どうしよう。

 でも、二人くらいなら次の最新刊で出せるかな。

 と思っていたら、またもやドアがバーン! と開かれた。

 お屋敷中の使用人さんや衛兵さんたちが、ドドドドッ! となだれ込んでくる。


「「ベル様、失礼ながら立ち聞きしてしまいました! 私もクロシェットに出させてくださいませ!」」

「え、えええ~!?」

「こ、こら、お前たち! 勝手に入ってくるんじゃない! 今大事な話をしているところだ!」


 フィアード様がいくら叫んでも、誰一人聞く耳を持たない。


「ベル様、使用人のシーンとして一文だけ!」

「私は料理が得意なのでご飯を振る舞うところで、ぜひ!」

「屋敷を見回る衛兵として出してください! ちょっとでいいですので!」

「うわっ、ちょっ!」


 四方八方から人が押し寄せる。

 ちらっ……とフィアード様を見ると、呆れつつも嬉しそうな微笑みを向けてくれた。

 もみくちゃにされながら、頭の中にとある一節が思い浮かぶ。


――“事実は小説より奇なり”。


 私の人生はまさしくその通りだ。

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婚約破棄された小説家ですが、恐怖の皇太子様が私の熱烈なファン(重度)でした~作者の私を大事にするあまり、溺愛とも言える行動をされるのですがどうすればいいでしょう?~ 青空あかな @suosuo

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