第11話:狼がいました
◆◆◆
………………。
「クロシェット様! ご無事ですか!?」
「え、ええ、私は大丈夫よ。って、あなたは平気なの、レイ! 傷だらけじゃない!」
「こんなものかすり傷でございます」
“ナハトの城”での決戦が終わり、仲間のレイと合流した。
手練れの冒険者である彼女でも、この城での戦いは厳しかったようだ。
キレイな赤い髪が汚れてしまっている。
竜人族の頑丈な身体にも切り傷やあざがたくさんできていた。
でも、ルビーのような瞳には、いつものように力がみなぎっている。
「それで、極悪伯爵はどうなりましたか」
「ええ、無事に捕らえることができたわ。闇魔法を封じる結界に閉じ込めて、王国騎士団に引き渡したからもう悪さはできないはずよ」
「良かった! さすがはクロシェット様です! これで竜人族の仲間たちが解放されます!」
レイがギュッと抱きついてきた。
震える肩をそっと抱きしめる。
彼女の仲間は極悪伯爵に奴隷にされていたのよね……。
でも、悪の元凶は捕まえたからもう大丈夫だ。
レイが安堵する様子を見て、ようやく私も報われたような気がする、
「じゃあ、王宮に帰りましょうか。王様たちに報告しないといけないしね」
「カラブル王子の喜ぶ顔が目に浮かびますねぇ! きっと、クロシェット様のお帰りを今か今かと待ってますよ!」
「え、ええ、そうかもしれないわね」
カラブル王子と聞いて、戦いとは別の疲れがのしかかってくる。
クシヨナル王国第四王子、カラブル様。
根はいい人なのだけど、少々しつこいアプローチにやや辟易していた。
「カラブル王子は本当にクロシェット様がお好きでいらっしゃいますよねぇ。この前も宝石を鉱山ごとプレゼントされてましたよねぇ。あのときの令嬢方の嫉妬に満ちた目ときたら!」
「う、うん、その話はもうしなくていいって……」
「私、カラブル王子のプレゼントは全てメモってありますぅ。え~っと、他には何がありましたっけぇ。そうだ、虹色のシマエナガを5000匹送ってきてくださったこともありましたねぇ。あとは……」
レイは普段は凛とした大人っぽい女性なのに、恋愛が絡んでくると乙女になってしまう。
楽しそうにペチャクチャ話す彼女を止めることなどできず、私たちは王宮への道を踏み出した。
◆◆◆
「さて……」
その後、私はいつものようにクロシェットを書いていた。
う~ん、ここら辺の展開はちょっと難しいな。
まだ下書きの段階ながらも結構悩んでいた。
まぁ、書いているうちに思いつくかもね。
このまま進めていきましょう。
それにしても、今日はずいぶんと風が強いなぁ。
さっきから顔に風がはぁはぁ当たっている。
ん? はぁはぁ?
『……』
「うわぁっ!」
目の間に狼がいた。
銀色の体毛を輝かし、窓からはっはっと顔を出している。
真っ赤な舌をベロンと出して私を見ていた。
ど、どうして、こんなところに狼が。
フィアード様のお屋敷にそんな危険な動物がいるとは思えないけど。
狼にしてはかなり美しい体毛だなぁ。
というより、早く逃げないと!
なんだかお腹を空かしてそうだし。
食べられちゃうよ。
大慌てで窓から離れるも、一番大事な物を忘れてきてしまった。
ま、まずい、クロシェットの原稿が。
狼が食べるはずはないだろうけど、早く回収したい。
『……』
「……向こうに行ってくれないねぇ」
狼は窓から顔を出したまま動かない。
虫の次は狼かぁ。
可愛いのだけど、できれば執筆していないときに来てほしいな。
狼は私をジッと見ている。
も、もしかして、獲物として認識されちゃったのだろうか。
よ、よし、ヴァリアントさんを呼ぼう。
きっと、すぐに追い払ってくれるはずだ。
狼に背を向けないように、じりじりと後ずさる。
もう少しでドア、というところで狼に動きがあった。
『……』
「あっ! クロシェットが!」
狼は原稿を引き寄せると、ジッと読み始めた。
いや、狼が文章を読むなんてありえないのだけど、本当に読んでいる感じがするのだ。
モフモフの手で紙を押さえながら読んでいる。
お。お願いだから破かないで~。
ん? モフモフ?
今になって気づいたけど、狼の体はモフりまくっている。
柔らかそう……。
『……』
「それにしてもモフモフしてる……」
狼は本当に体がモッフモフなのだ。
見ているだけで触りたくなってきちゃったよ。
ちょっとくらいなら触っても平気かな。
いや、待ちなさい、ベル。
相手は狼。
手を伸ばしたら食べられてしまうに決まっているでしょうが。
心の中で葛藤していたら、不意に狼がこちらを向いた。
『もしや、お主は悪役令嬢クロシェットの作者でござるか?』
「え!?」
お、狼が喋った!?
ま、まさか、幻聴?
いや、違う。
ちゃんと低い声が聞こえた。
人の言葉を話す狼がいるなんて……さすがはフィアード様のお屋敷だ。
常識外れのことが盛りだくさんらしい。
驚く私をよそに、狼はこちらを見たまま話を続ける。
『今一度確認するでござるが、お主は悪役令嬢クロシェットの作者でござるか?』
「あっ、はい! そうです! 作者のベル・ストーリーです!」
『会えて光栄でござる』
「は、はぃ……」
え、え~っと、これはどういう状況なんだろう。
良い狼……なのかな?
普通に会話しちゃってるけど。
『申し遅れた。拙者はフェンリルのヴァンと申す』
「あっ、そうなんですか。よろしくお願いします』
ヴァンと名乗った狼は礼儀正しく頭を下げてきた。
私もお辞儀を返す。
手を伸ばしてきたので、ついでに握手も交わした。
ふ~ん、フェンリルだったんだぁ。
どうりで美しいと思ったよ。
いや……。
「って、フェンリル!? あ、あの伝説の魔獣の……」
『さようでござる』
一瞬遅れて悲鳴のように叫んだら、ヴァンさんはコクリとうなずいた。
そういえば、狼より体が大きいし優しそうだ。
これがフェンリルなんだぁ、初めて見たなぁ。
じゃなくて!
「そ、それで、フェンリルさんが私に何のご用でしょうか……!?」
『拙者はお主の
えええ!?
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