第39話:帰宅
「ああ~なんで楽しい時間はすぐに終わっちゃうんでしょう~。もっと遊びたかったのに~」
「本当に不思議ですねぇ」
『それが世の定めというもの』
楽しかったバカンスはあっという間に終わり、私たちは帰路に着いていた。
ガタゴトと馬車に揺られ、フィアード様のお屋敷に向かう。
移り変わる景色を見ていると、例の件が思い出された。
……クーデターは……どうなったんだろう?
バカンスの間は考えないようにしていたけど、帰り道を進みだしたら嫌でも考えてしまった。
「ヴァンちゃ~ん、離れてしまうのは寂しいですよ~」
『拙者も物寂しいで候』
「ベル先生のところに来たら、ちゃんと会いに来てくださいよ」
『承知』
エディさんとヴァンさんは仲睦まじくじゃれあう。
彼らの笑顔は平和の象徴のように輝いていた。
もしクーデターが起きたら、この人たちの笑顔も消えてしまうのかもしれない。
そんなの絶対にイヤだ。
「どうしたんですか、ベル先生。さっきから怖い顔していますけど。もしかして酔っちゃいました?」
「いえ、違います! ちょっと考えごとを……」
「そうですか。酔い止めの薬持ってきましたから、遠慮せずに言ってくださいね。ヴァンちゃ~ん……!」
お屋敷が近づくにつれ心臓の鼓動が早くなる。
いや、フィアード様のことだから問題ないはずだ。
お屋敷にはヴァリアントさんもいる。
大丈夫なはずなのに、今すぐにでもどうなったか知りたくてしょうがない。
ドキドキしながら馬車に揺られていると、フィアード様の大きなお屋敷が見えてきた。
思わず猛スピードで立ち上がり、窓から身を乗り出した。
「うわっ、ビックリした~。どうしましたか、ベル先生」
お屋敷に異変はない。
見回りの衛兵の方々はゆったりと歩いているし、使用人さんたちものんびりとお庭の手入れをしている。
至って平穏、普段通りだ。
建物の周りに広がっている森にも異常はなかった。
ああ、良かった……と胸を撫でおろす。
馬車がお屋敷の前に着くと、ジャストタイミングでフィアード様とヴァリアントが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ」
「問題はなかったか?」
「あのっ、皇太子様! この度は誠にありがとうございました!」
フィアード様を見るや否や、エディさんは馬車から飛び出し勢いよく頭を下げる。
「なに、気にすることはない。エディ氏は常日頃からクロシェットのために頑張ってくれているからな。一ファンとしての些細な贈り物だ」
「皇太子様……」
エディさんの瞳は涙が零れそうなほどウルウルしている。
何度か一緒に過ごすうち、彼女の中でもフィアード様のイメージは変わりつつあるようだった。
「それでは、本当にありがとうございました~!」
「お気を付けて~!」
馬車はエディさんを乗せて走り去っていく。
一度リブロール出版に帰るそうだ。
「ベル、よく帰ってきたな。湖畔でのバカンスは楽しかったか?」
「ええ、とても楽しかったです! どうもありがとうございました」
エディさんよろしく頭を下げる。
フィアード様は微笑みながらそんな私を見ていた。
「では、帰ってきてすぐで悪いが、ちょっと話をしてもいいか?」
「はい、もちろんです」
きっと、というか間違いなくクーデターの件だ。
緊張しながら、フィアード様と一緒にお部屋に戻る。
荷物を置いていると、ヴァリアントさんがお茶を淹れてくれた。
「結論から言うと、クーデターは無事に回避された」
「そう……でしたか……良かったです」
ふぅ、と深くため息を吐いた。
大丈夫だろうとは思っていたけど、断定されるまではどうしても心配だったのだ。
「君には色々と心配をかけてしまったな」
「いえ、それはまったくもって大丈夫なのですが、やっぱり緊張してしまいました」
「クルーエル公爵も捉え、クーデターの危険は完全になくなった。だから、もう安心してくれ」
前から聞いていた悪いウワサは本当だったのだ。
国の転覆を考えるなんて恐ろしい人だと思った。
「あの……イーズたちはどうなったのでしょうか?」
ワズレス様とともにクーデターに協力したのだ。
クルーエル公爵と同じくらい思い罪かもしれない。
「イーズとワズレスの両人とも地下深くにある“封印牢”に投獄された。もう一生太陽の下に姿を現すことはない」
「“封印牢”でございますか……それはまた……」
帝国に伝わる秘術で造られた特殊な牢獄だ。
空腹もなく睡魔もなく疲労感もなく、そこにあるのはただ虚無感だけ。
そこに投獄された人は、死ぬまでなにもない時間を延々と過ごす。
やはり、彼女らが犯した罪はそれほどまでに重いのだ。
さて、とフィアード様がパンッと手を叩く。
「暗い話はここまでにして、湖畔での出来事を教えてくれないか?」
「は、はい! まさしく、筆舌に尽くし難いという表現がピッタリなほど楽しくて……」
湖でみんなと遊んだお話をする。
フィアード様もヴァリアントさんも楽しそうに聞いてくれた。
また平和な毎日が始まるのだ。
その日はバカンスのお話をしているうちに終わってしまった。
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