第18話 アリス・クトゥは逃がさない①《アリス・クトゥとの日々⑤》



 翌日、僕は重い体を引き吊りなんとか学園に登校していた。正直サボりたいが、如何せんここ最近の出席日数がヤバい。具体的には留年秒読み段階。


 とはいえ今日の授業は座学が中心だったはずだ。授業といっても、大学の講義に近い。始めにある出席確認さえ突破すればいくらでもサボれるのだからお手軽とも言えた。


 まぁ魔術やらでキチンと管理しようとしていた時期もあるらしいが放蕩貴族のイチャモンにより、結局今の形に落ち着いたらしい。哀れ。


「おや? おやや? モブ君が珍しく授業にちゃんと来てる~」


 机の上でだらけていると桃色髪が視界に飛び込んだ。

 リッカ・ソレイユだ。


 よくよく思い返せば久しぶりにこの厄介極まりないメインヒロイン様を見た気がする。

 そういえばここ二週間程度、迷宮に潜ったり屋上でサボったりと彼女と会う機械がなかった。


 どうりで平穏……だったわけでもないか。

 サブクエストとかサブクエストとかに巻き込まれていたわ。おかしいだろ。


「天変地異有為転変国家転覆の前触れかな?」

「いやスケール壮大すぎでしょ。特に最後」


 僕の勤勉さで国が存亡の危機に立たされるとか嫌過ぎる。


「それに何をおっしゃられてるんですかね。一応、僕は勤勉学生よ?」


 リッカはそんな僕の言葉を鼻で笑った。なんとも失礼な奴だ。


「ま、私も年がら年中モブ君に構ってられないからね。殊勝な心がけでえらいえらい」

「ちょっ、頭なでないでよ」


 リッカは僕の頭を粗雑になで回した。

 彼女は彼女で順調に原作ゲームにおけるメインストーリーの進行に関わっている。そのうち僕にわざわざ関わる暇などなくなることだろう。


 喜ばしいことだ。喜ばしいはずなのに……


 何故か心にはしこりのようなものが残った。


「およ? どしたん、何か暗い顔してるよ?」

「……なんでもないよ」

「ふーん。変なモブ君」


 何かを察したのか気を遣ったのか。彼女は珍しく追及してこず、そのまま授業の準備をし始めた。


 さてと、僕はどうするか。


 いつもであればこのままこっそりと授業を抜け出し屋上でモラトリアムを満喫するわけだが。


 不思議と今日はそんな気分にはなれなかった。




 ◆




 全ての授業が終わり放課後。

 校門を出たところで見慣れた人影が視界の端にちらついた。


「ふーん、私みたいな美少女をほったらかしなんて良い度胸しているわね」


「クトゥ……」


 そこには僕がもっとも顔を合わしたくない人物アリス・クトゥその人がいた。 


 彼女は珍しくニコニコしている。え、なにこれ。怖いんですけど。


「それで? よほど重要な要事があるのよね? 貴方のようなろくでなしにそんな用があるなんて、後学のためにぜひ聞いておきたいわ」


 彼女の皮肉は絶好調だ。


 というかやっぱりこれ怒ってるよな。今日は屋上に行かなかったし。


 なんというかいつもの皮肉には少なからずお茶目心みたいなものがあった。しかし今日は棘というか研ぎ澄まされまナイフばりの鋭さがある。人なんて簡単に殺す勢いだ。


「ぼ、僕にも色々あるんだよ。だいたい僕が何をしてたってクトゥには関係ないじゃないか」


「は?」


 怖い怖い。後、怖い。

 一文字だけの威圧とかほんとに怖いのでやめて欲しい。

 あまりにも怖すぎてノータイムで土下座しかけたんですけど。


「兄様に何か言われたのかしら?」


「別に大したことは何も。妹思いのいい兄だね」


「嘘。絶対に余計なことを言われたわ」


 根拠もないのによく言う。しかしその全てが的中してるのだから笑えなかった。


「……」


 言葉に詰まる僕に何を思ったのかアリスは急にモジモジしだした。

 彼女は手を後ろで繋いだり前で繋いだり。次にスカートを握りしめ、その手の甲をもう片方の指でくるくるとなで始めた。なんぞ?


 たっぷりと時間を意味不明な奇行に消費した後、彼女はコホンと一つ咳払いをした。


「モブリオン君。私とデートしましょう」


 そしてそんな理解不能なことをのたまうのだった。


 んん???


 んんんんんんんん?


 え!? いやうん……えっ!? はぁ!?!?!?







◆◆◆



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