第8話 モブ・イン・ダンジョン③



「あ、あんた一体何者よ……?」


 負けヒロインちゃんことクラリス・アルケイディアは呆然と呟いた。

 対する僕、モブ・モブリオンは彼女と違い残念ながら大層な人物というわけでもない。


 だからこういう時に言うことはいつも決まっているのだ。


「だからモブって言ってるじゃん。僕は単なるモブ。これ以上でもそれ以下でもない」


「は?」


 あ、やめて。その『こいつ何言ってんだ?』的な顔やめて。ヒロイン級なことも相まって迫力が半端ないもの。


「ま、とにかくーー」


『ケヒッ! ケヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!!!』


 突如、冒険者の一人が狂ったように嗤い出した。


「え、なに。なにあれ」

「いや私に言われても困るわよ」


 動揺しているのは僕らだけではない。その他の冒険者達も同じだ。


「お、おいお前いきなりどうしたんだよぉ……?」

『ケヒ、ケヒヒヒヒ! 捧げよ捧げよ! 我らが神にその身を捧げよ!!』


「な、何をーーうぐぅっ!? うあぁあ……!?」


 魔力を吸いとっているのか?

 冒険者の体から黒い靄のようなものが浮かび上がり吸収された。

 そして一人を除いて全ての冒険者達が地面に倒れ込んだ。


「ひ、ひぃ!? な、仲間割れ!?」


 クラリスは目の前の異様な光景に思わず僕の腕を掴んだ。

 あ、やばい。女性肌接触指数的なのが前世含めて急激に上昇してる。モブ的には勘違いとかしちゃうので安易にさわらないで欲しい。


 しかしどうにもただ事ではない。クラリスが言う通り仲間割れなことに間違いはないが、やはり異様の一言に尽きる。


 この一瞬で何者かに洗脳された?


 そう考えるほかなさそうだった。

 その証拠に額には奇妙な刻印が浮かび上がっている。五芒星とその中心に瞳も模したものだ。


「この感じ廃神関連か。なんか神とか言ってるし」

「廃神ってあの異星の廃神っ!? お、お伽噺話じゃなかったの……」


 彼女は驚いているが、まぁこの世界ではわりとよくあることだ。時折運営の思いつきで追加された、世界観ぶち壊しかつぽっと出の神々とやらが好き放題に暴れまわるのだ。迷惑きわまりないし勘弁してほしいね。


『ツギハ、オマエラノバン』


 冒険者はギョロりと瞳を動かしてこちらを見定めた。


 僕は警戒するように刀を構える。


『ケヒッ! アクマデ、テイコウスルカ。オマエノ、イチゲキ、キョウイ。デモソレダケ』


 先程までの状況を鑑みれば戦力差は明らかだ。逆立ちしても覆せる状況ではないが、どうにも策があるらしい。


『イァ……! イァ……! イァ……!』


 独特の掛け声に呼応し辺りはうっすらと滅紫色に光を帯びだす。そして彼の額にある刻印と同じものが地面にいくつも浮かび上がり埋め尽くした。


「な、なに!? これ以上何が起きるの!?」


 そうして現れたのはあまりにも奇妙な魔物だった。


「meeeeeeeeeeeeeeeeee!!!!! 」


 そいつは黒い山羊だった。ただし足は普通の倍以上はあるし、身体のそこら中からいくつも口が生えている。


「あ……あぁ、そんな……」


 クラリスは絶望するように地面にへたりこんだ。

 気持ちは分からなくない。何せそいつらは一体だけではなく、軽く見積もっても二○体近くいたからだ。



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