第30話 シナリオを乗り越えて①
視界に飛び込んできた光景はなんとも見覚えのあるものだった。前世で僕がやり込んだゲーム、ファイナルアビスで見た光景そのもの。まぁこの世界自体がファイナルアビスを元にした世界なのだから当たり前なんだけどさ。
不気味な紋様が刻まれた神殿の中心に一人の黒髪美少女アリス・クトゥが静かに鎮座していた。これも見覚えがあるものだ。ゲームと同じであればこの後、異星の神が召喚されかけそれを阻止するために彼女は自決する。
「やぁクトゥ。中々に快適そうだね」
「……モブリオン君」
その人物、アリス・クトゥに僕はまるで朝の挨拶をするぐらいの気軽さで話しかけた。
彼女は大きい純白の衣を一枚だけ身に纏っているだけで、なんというか目のやり場に困る。局部はキチンと隠れているもの太ももやら鎖骨やらがはだけており、一応絶賛思春期男子である僕には目の毒だった。
「あーいい天気です、ね……?」
このざまである。
いやなんだよ天気って。迷宮の中なんだから天気もクソもないだろ。もうちょっと話題のチョイスとかあるだろ。
「こんなところまで何しに来たのかしら? この場所を教えた記憶はないけれど、もしかしてストーカー?」
「第一声がそれとかやっぱり君は凄いや」
あ、なんかいつも通りでなんか安心した。煽情的な彼女の格好にドギマギしていたが、あまりにも通常運転な毒舌のおかげか冷静さを取り戻せた。
「それで君はこんなところで何してるの? 手芸とか?」
「今、貴方と下らない会話する気はないの。帰ってくれるかしら?」
取りつく島がないとはこのことだ。
とはいえハイそうですかと帰るわけにもいかない。
でも悲しいかな。こういう時に限って上手く次の言葉が出てくれなかった。
「……」
「……」
「急に黙られても困るわ。何か言いなさいよ」
「いやぁ、いざ何か言葉にしようとすると案外出てこないんだなって」
アリスはそんな僕を見て呆れたようにため息を吐いた。少しだけ懐かしいと思える動作だ。学園屋上で彼女はよく見た気がする。
「本当に貴方はどうしようもないわね。でも、でもそんな貴方だからこそ私はーー」
張り詰めた空気が和らぐ。そして彼女は何かを決意したようにその瞳を輝かせた。
「モブリオン君……いえ今だけはこう呼ばせて。モブ君」
あぁこいつは本当に。
その悲痛ともとれる言葉を聞いて、腹の底から沸々と怒りが湧き出すのが分かった。その先の言葉を僕はよく知っている。だからこそ言わせるわけにはいかない。言わせてたまるか。ふざけろよ。
「うるせぇ」
「え?」
なんだなんだ。急にかしこまりやがって。これから私は死にますとでも言うつもりか。いつものクソみたいな毒舌はどうした。
「うるせぇって言ったんだよ、このド阿呆が。いいか? 僕は君にお別れを言いに来たんじゃあない。君を助けに来たんだ」
「で、でも私がここで死なないと異星の神がっ……!」
古来よりこの世界では異星の神による被害に頭を悩ましてきた。それは災害にも等しく国が滅んだことすらある。だからきっと彼女の決意は誰が見ても正しいものなのだ。
それが何だ。僕にとってはクソどうでもいい。それは目の前にいる今にも泣き出しそうな少女が死ぬことを容認する理由にはなり得ない。
従って僕の回答はこうだ。
「上等じゃおらあああああああああああ!!!!!」
シナリオがなんだ。
世界がなんだ。
崩壊がなんだ。
どれだけ詭弁を積み重ねたところで、やはり僕の中に今この目の前にいる女の子を見捨てるなんていう結論は一ミリたりとも存在しない。
「詳しい説明は省くけど大体把握してるから。君を依り代に世界を滅ぼしかねない邪神を召喚することも。今ここで君が自決すれば契約破棄になることも。全部分かってるから」
アリスに言葉は挟ませない。一方的に僕の言葉を叩きつけていく。
「そしてそれを君が自分の命を犠牲にしてどうこうしようとしていることも。全部分かってここに来たんだ」
「ならーー」
「うるせぇ。ならも糞もあるか。もう僕は決めたんだ。決めたんだよ」
そう決めたのだ。誰かに強要されたわけでもなく、自分自身の意思で決めたのだ。
原作通りにことを進めないと世界が滅びかねないことも。
仮に今回のことが上手くいったところで、世界の流れに歪みを与えかねないことも。
その全てを知るかボケと容認した上でここにいるのだ。
「クソったれな
僕は感情の赴くままにわき目もふらずに叫び声を高らかに上げた。
かくして火蓋は切って落とされた。僕がこの世界に転生してから初めての反逆が始まった。
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