ex4 アリス・クトゥの独白


 私はアリス・クトゥ。


 落ちぶれた貴族の令嬢。早くして死ぬことを運命づけられた生贄。神に捧げられることが決定された娘。それが私だ。


 別にそれに大した不満はない。その代わりに貴族として何不自由ない生活をさせて貰った。この世では飢え死ぬ人間も沢山いるのだから、きっと幸運な方なのだろう。


 先代の失態により学園に渡っていた異星の瞳。それを取り戻す為の学園生活だってまぁ悪くなかった。


 しいていうなら、自分が死ぬ時に悲しむ人間がいないというのはなんというか少し寂しいぐらいだ。(唯一の肉親である兄様はむしろ喜び讃えるだろう)


 自分で言うのも癪だが、私は少しコミニュケーション能力に難がある。そんな私の前に友達はおろかそんな奇特な人間が現れるわけもなかった。


 きっとそんな些細な思い、日常の流れに飲まれて風化するだろう。

 そう思っていたある日、何の気なしに屋上へと向かった私はに会った。


 最初に覚えたのはどうしようもなく理不尽な怒りだった。

 自分はもうすぐ死ぬというのに、なんでお前は自堕落に日々を過ごしているんだと。そんな身勝手で押しつけがましい思いを抱いたのをよく覚えている。


 もう会うこともないかと、すぐにその場を後にしたが何故か気になった。記憶から消し去ろうとしても何故かその片隅に残り続けた。

 それから何故か私の足は学園屋上へと向かった。



 何度屋上を訪ねても彼の態度は相変わらず自堕落で自由気ままだった。

 そんな彼の前でいると呆れる反面、肩に入った力が抜けていく気がした。


 彼にそんな意図は決してないだろう。そもそもそんな気を遣えるような男ではないのは私が一番理解している。


 それでも私は彼の前だけではただのアリスでいられた。


 貴族であるクトゥ家の令嬢でもなく、信奉する神に捧げられる哀れな贄でもなく。

 ただのアリスだ。


 それは私にとって初めての体験だった。いえ、もっとはっきりと言えば彼と過ごしたこの数日間は全てが新鮮で楽しかったのだ。

 そう、楽しかったのだ。


 屋上でした他愛もない雑談も。

 一緒に食べ合いをしたパフェも。

 並んで見た夜空に煌めく満天の星空も。


 そのどれもが私にとってはどうしようもなく愛しく宝物だった。


 ……別れ際にした、一瞬の接触は少しやり過ぎたと思ったけれど。ほんの少しだけリッカ・ソレイユに申し訳なく思う。まぁ、これで最後なので許してほしい。


 とにかく私はあの偶然的な出会いに感謝している。

 きっと彼は哀れに思った神様が私にくれた最後の贈り物なのだ。


 だから最後に少しだけ欲が出た。


 自分の体を見る。

 純白の布を体に巻きつけただけの姿。神に捧げるにあたり、余計な異物があると失礼になるという謎の配慮らしい。

 まるで貴重な陶器を割れないようにとあてがう包装紙だ。


 自分の体を改めて見て、これから私が死ぬことを強く実感した。正確には召喚される異星の神の依り代となるだけど。依代になれば私の意識はこの世から消え去ってしまうのだから意味は同じだ。


 どのみち私は死ぬ。


 だから救おう。

 神の依代になる前に自決してしまえば、この儀式は失敗する。


 どのみち死ぬのだから、彼が生きるこの素晴らしい世界を守って死のう。

 そうすればきっと私は彼の中で生き続けるだろう。世界を救うことで彼は生き残れるし、私はきっと彼の中に生き続けられる。ウィンウィンの関係というやつだ。


 そのうち彼女とかが出来てしまうのは……悲しいことだけれども、それでもほんの少しでも思い出してくれたら嬉しいと思う。



 ふふ、私がこんなことを思うなんてね。



 自然と笑みがこぼれた。

 これから死ぬというのに恐怖はほとんど無かった。しいていうなら最後に一目彼の姿を見たかったとも思うがこれでいいのだ。

 きっと見てしまえばためらってしまうから。


 そう思っていた。

 それだけで満足だったはずなのに。そう決意したはずなのに。


「やぁクトゥ。随分と居心地が良さそうだね」


 彼は私の事情なんてまるでお構い無しに。また思わせぶりな笑みを浮かべて、モブ・モブリオンは私の前に現れた。





◆◆◆



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