第29話 再びモブ・イン・ダンジョン+おまけ付き③


「おや? また君に再開するとは思わなかったな。君、存外にしつこいんだな」


「こっちもそう思うよ。お・義・兄・様」


 その人影、シュグラオン・クトゥに僕はありったけの親愛と嫌味を込めてそう啖呵を切ってやった。もちろん皮肉だ。


「君にそう呼ばれるのは大変に気分を害されるな。大体、君は平民だろう?」


「そりゃアンタに喧嘩を売ってるからね。もしかして温室育ちのお貴族様には高等過ぎて分からなかった?」



 シュグラオンは僕の言葉に額に青筋を浮かべた。


 むろん彼が言うとおり、アリスと僕はそんな関係でもなんでもない。


 まぁ、その?

 先日の別れ際のとある行為は何故そんなことをしたのかと小一時間問い詰めたいぐらいだが、今は置いておく。


 仮に聞いたとしても『あら? あの程度のことで本気にしたの? これだから童貞は』とか言われかねん。


 ど、どどど童貞ちゃうわ! いやごめん。童貞なんですけども。


「あの人誰?」


「知らないわよ。でもアタシあぁいういかにも自分に酔ってる感じの男苦手なのよねー」


「アタシも願い下げにゃー」


 女三人寄ればかしましいとはよくいったものだ。

 彼女らは僕の影に隠れてお義兄様に指をさしてヒソヒソとお喋りに興じている。


 君たちほんとに自由ね。もうボロクソだ。君たちからしたら初対面だろうに、そこまで言えるとか凄いや。


 彼女らはなんかもう自由にさせとく。そもそもニャルメア以外は勝手に着いてきているわけだし。

 それよりも今はお義兄様だ。



「実の妹だろうに。良心の呵責とかないの?」


「何を言うかと思えば、これだから平民は困る。怠惰に日々を無為に過ごす君達とは違って、我ら貴族には責務というものがあるのだよ」


「愚かで哀れな親愛なる我が妹はこの為だけに大切に育てられた。であればこれは当然の責務だろう」


 一応言うだけ言ってみたが、やはり価値観が違う。

 そもそも彼らクトゥ家は身内を邪神に売り、その見返りを貰うことで発展してきた貴族だ。

 そのためか身内を犠牲にすることに忌避感を覚える概念自体が存在しない。

 彼らにとってはごくごく普通のありふれた行為なのだ。


 つまりは生きている世界が違うわけで、話し合いをする意義がない。平行線だ。

 であれば次の行動は自ずと決まる。


「アンタには悪いけど押し通らせて貰うよ」


 刀に手を掛けた僕を見てシュグラオンはまた大仰にため息をついた。


「私も妨害がないとは思っていなかったさ。そのために我らが神により素晴らしきものを授かっている」


 彼はそう得意気に話し、懐から杖のようなものを取り出した。

 それは尖端には拳大の瞳のようなものが取り付けられた杖だった。瞳は怪しげな光沢を放ち、まるでギョロりとこちらを見据えているようにも思えた。


「いあ! いあ! くとぅるふ ふたぐん!!」


 聞いたこともないような詠唱をシュグラオンは叫ぶように唱えた。

 そして一○を越えるであろう燃える瞳が彼を取り囲むように宙に顕現した。


「はははっ!!! これの一つ一つが上級魔術に相当する火炎を出すぞぉ!!!」


 シュグラオンは自らの勝利を確信したかのように嗤った。


 随分とまぁ良い気になっちゃって。

 わざわざ手の内を晒す辺り、自分が負けるとは微塵も思っていないらしい。


 なるほど。それが本当なら彼があそこまで意気軒昂になるのも分かる。

 この数の上級魔術相当を一斉に放てば、下手な階層主フロアマスターであれば丸焦げに出来るほどだろう。


 常識で考えれば脅威なのは間違いない。常識で考えればだが。


「や、ヤバくない?」


 現に常識の範囲内の住人であるクラリス達は不安そうに声をあげた。


 だが安心してほしい。問題ない。全くもって問題ない。


「ははは! 命乞いをするがいい!! はははははっーーは?」


 キンッ


 そんな小さく金属を掠めたような音が耳を通り抜けた。

 そして次に彼の持つ杖は真っ二つに切断された。


「な、ななな何が起こった!? これは神より与えられしもの、いわば神造兵器だぞ!?!?!?」


 ゲームが現実化したことにより変更された要素はいくつか存在する。


 そのうちの一つが武器破壊だ。武器の性能差かつ使用者のレベル差さえあれば簡単に破壊できるのだ。

 僕はモブとはいえカンスト近くまでレベルを上げている。それぐらい朝飯前だった。


「な、なんなんだ貴様はーーーーーーー!?」


 そんなこと言われましても。

 とはいえそんなことを聞かれたら僕の答えは当然決まっている。お約束ってやつだ。


「そりゃあ通りすがりのモブってやつさ」




 ◆



 武器を破壊されたシュグラオンは発狂した。


「ふ、ふざけるなふざけるなふざけるなーーー!!! だいたいこんなことしてただ済むとーー」

「あーもうそういうのいいんでー」


 面倒になってきたのでいつものごとく刀の柄を親愛なるお義兄様の頭に叩き込んだ。

 ゴッと一際大きい音が響き、彼は気絶した。


 やべぇ。ちょっと強く叩きすぎたかな。まぁでもこの手のタイプは頑丈でしぶといから大丈夫か。


「アンタ、本当にえげつないわね」


「容赦がないにゃー」


「モブ君はそういうところあるよねー」


 クラリス達は本当に言いたい放題だし、リッカは何故か小刻みに震えて気絶しているシュグラオンをツンツンとつついていた。やめてあげなさい。


「さてと」


 邪魔者がいなくなったところで本題だ。気を取り直して視線を目の前に向ける。


 目の前には小さな神殿が異様な雰囲気を放っていた。外からでも中を見通せる吹き抜けのタイプだ。


 そしてその中心には目的の人物が鎮座していた。


「やぁクトゥ。中々に快適そうだね」


「……モブリオン君」


 その人物、アリス・クトゥに僕はまるで朝の挨拶をするぐらいの気軽さで話しかけた。




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