第34話 シナリオを乗り越えて⑤

「嘘っ!? あのモブ君の一撃が受け止められた!?」


 リッカが絶望したように叫ぶ。僕も似たような心境だ。

 僕はこの一撃にて全てを決めるつもりだった。だが現実はどこまでも無慈悲で、描いた夢想は簡単には実現しない。


 僕の全身全霊をかけた一撃は簡単に受け止められてしまった。刀は無様にも切断しようとした首の半分辺りで止まっていた。


『Nyaaaaa!!!』


 ぼうっとしている場合じゃない。慌てて刀を引き抜き、勢いを利用し跳躍して距離をとる。


「随分とお早いお帰りですにゃ。まだご飯の準備どころかお風呂すら沸かしてにゃいにゃ」


「新婚かよ。君との新婚生活とかまっぴら御免だね。無駄に毛玉とか吐きそうだし」


「アンタ達なんでそんな余裕そうなのよ!? 状況的にかなり不味いと思うんですけどぉ!?」



 うん。まぁ……クラリスが叫ぶとおり状況は相当に芳しくない。


「モブ君、見てっ! なんだか様子がおかしいよ!?」


 リッカが邪神を指差す。

 僕やニャルメアが切断した触手達。そこの断面からは何やら泡のようなものが吹き出していた。


「まじか」


 まさかのオートヒーリング持ちかよ。しかもただ体力を回復するだけのやつじゃない。身体的欠損すら徐々に回復してまう最上位のスキルだ。


「もしかしなくても絶体絶命にゃ?」


 ニャルメアが可愛らしく首を傾げた。

 うんまぁはい。全くもってそのとおりです。



 ◆



「モブ、何をサボってるにゃ! とっととこっちに加勢するにゃっ!!」


 とはいえ絶望したところで状況が好転するわけでも、ましたや変化することなんてあり得ない。


 全くもって絶望的な状況でも目の前のことを投げ出すわけにもいないのだ。なにせ僕が始めたことなわけで。

 どこぞの巨人に変身出来る主人公とかも『お前が始めた物語だろ』とか叱咤激励していたわけですし。



『Nyaaaaaaa!!!!!』


 再び触手群が僕ら目掛けて迫る。


 三ノ太刀 黒死線


 刀より繰り出される超高速連斬撃。触手群はサイコロステーキの如く細切れとかした。不味そうで食えそうもねぇな。

 とはいえ焼き石に水だ。


「くっそ! キリがないなっ!」


「ボサッとするにゃモブ! 次が来るにゃ!!」


 この程度で勢いは止まらないらしい。むしろ更に調子を上げているようで触手の数は更に増えている。こちらに休息の暇を与えるつもりはないらしい。第二陣の触手群が来る。


 三ノ太刀 黒死線 黒死線


 三ノ太刀 黒死線 黒死線 黒死線 黒死線 黒死線 黒死線 黒死線 黒死線 黒死線 黒死線 黒死線 黒死線 黒死線 黒死線



「っはぁ……! はぁっはぁっ……!! っれヤバすぎっ」


「ニャハハ、この程度で音を上げるなんて情けないにゃ」


「そっちこそ顔引きつってるじゃん」


 既に何度、刀を振るったのか分からない。数えたくもないけど。そのせいかもはや息も絶え絶えだ。

 ニャルメアは顔色こそ悪いがまだ余裕はありそうだ。流石、わざわざ頭を下げて連れてきただけはある。僕一人だけだったら事は一瞬で済んでいただろう。


「どうするにゃモブ。このままじゃジリ貧にゃ」


 彼女が言うとおりだ。こちらの体力は減る一方だが向こうはそうじゃない。自動回復により減ることはない。

 クソ、よりにもよってなんて厄介なスキルを持っているんだ。


「はぁ……はぁっ……!」


「ちょ、ちょっとリッカ!? アンタ飛ばしすぎよ!?」


 息も絶え絶えでふらつくリッカをクラリスが支えた。

 クラリスはともかくリッカは最初の一撃に全身全霊を賭けた。おそらく魔力なんてほとんど残っていないのだろう。


 じゃあ回復すればいいじゃんとも思うがそうは問屋が卸さない。

 これもゲームが現実化したことによる弊害の一つだ。この世界ではMP回復薬なんてものはない。正確には大変高価で希少品だ。平民では逆立ちしても手入れることは出来ないだろう。

 ちなみにポーションも気休め程度だったりする。ゲームのように即効性はないし、回復量も少ない。もはやゲームで言えばアイテム使用禁止の縛りプレイに近い。

 オートヒーリングがこの世界にて最上級かつ希少なスキル扱いされている由縁もここにある。


「で、でも、そうでもしないとモブ君達がっ!」


 リッカは必死に体を動かそうとするがもう一度開幕に放った魔術を発動するのは不可能だろう。


 とはいえどうしたものか。リッカが必死になるのも分かるし、僕もあの魔術がもう一度使えたらと思わないでもない。

 一応、起死回生の手はあるのだ。あるにはあるのだが、如何せん人手も時間も魔力も全てが足らない。このままでは防戦一方でどう足掻いても攻勢に出ることが出来ない。


「!? 不味いにゃモブ! リッカ嬢のところに触手が飛び出たにゃ!?」


 なんでだよ!?

 迫りくる触手群は全て切り落としているはずだ。しかし確かにリッカの近くに触手は出現している。


 よくよく見ると地面に突き刺さている触手が一本だけある。地面を通って僕らの防衛線をすり抜けたか。こいつ一応、神の癖になんとも小癪な手段をとるもんだ。恥ずかしくないの?


「キャアアアアア!?」


 触手は問答無用でリッカ目掛けて駆ける。あんなもの喰らえば、今のリッカではひとたまりもないだろう。

 クソッ、間に合え!



 ◆



「も、モブ君……?」


「はぁ……はぁ……なんて顔してるんだよ。君らしくもない」


 必死に駆けたこともありリッカ・ソレイユは無傷だった。それなのに彼女の表情は真っ青で今にも倒れそうだ。ほんとに太陽のような笑顔を咲かせる彼女には似合わない表情だ。


「だって……だって! モブ君のお腹に!!」


「はえ?」


 おそるおそる視線を下へと向ける。

 視界に飛び込んだ光景に驚愕した。彼女が言うとおり僕の腹には触手が深々と突き刺さっていたのだった。




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