第22話 逃れられない宿命《アリス・クトゥとの日々⑨》
眩い星々が照らす夜中の丘の上。アリス・クトゥは星々に負けないぐらい眩い微笑とともに僕へと手を差し伸べてた。
そして僕がヤレヤレと苦笑を浮かべその手を取ろうとしたその時。突然に何の前触れもなく彼女は闇に覆われた。
は?
「くぅっ……! こ、れは……!?」
何が起きた?
不幸中の幸いというべきか。彼女はその体の全てが闇に覆われているわけではない。彼女の体を真横から見てちょうど後ろ半分だけだ。水辺に体をあずけて浮かんでいる状況に近い。
「身の程を知れと忠告はしておいたはずだがね」
アリスの隣部分の闇から這い寄るよう人影が飛び出た。その耳障りな声音もキザったらしい容姿にも見覚えがある。彼女の兄であるシュグラオン・クトゥだ。
突然に表れた彼は僕を見るや否や、随分と演技がかった仕草で嘆息した。
思い返せば前回も奴は今回のように虚空からいきなり出現した。あの闇の塊は転移門のような機能を持っているのか。
「兄様……もう時が来てしまったというのですか?」
「あぁそのとおりだ我が愛しの妹よ。我らが神はいよいよ降臨される」
アリスは存外に冷静だし、身動きがとれないというだけで苦しむ様子もない。今後の展開を考えれば今この場で彼女にこれ以上の危害が及ぶこともないだろう。
それでも僕の心中は全くもって穏やかとは言えなかった。
あぁこれは原作通りの流れだ。
このまま彼女はその身を邪神に捧げられ、最終的には自決してこの世界を救う。
そしてこれは正しい流れだ。
邪神が召喚されてしまえば世界は滅んでしまいかねない。少なくとも国が滅びかねないほど甚大な被害が及ぶだろう。きっと沢山の
だからこの状況はきっとこの世界にとって必要なものなのだ。
それでも。それでも僕はそれが間違った行動だと自覚していてなお叫ばずにはいられなかった。
「だ、駄目だ! 行ったら……行ったら君は!!」
対して僕に向けられたアリスの視線はどこまでも冷ややかなものだった。先ほどの穏やかさなど見る影もない。
「ふぅん、どういうわけか知らないけど事情を少なからず把握しているみたいね。そう、私はこれから死ぬの」
「それなら……!」
「言いたいことは分かるけど駄目よ。だって私はこのために大事に大事に育てられてきたんですもの」
あまりも悲痛な言葉だった。彼女は既に自分の運命受け入れていたのだ。僕とは違う。キチンと自分とこの世界と向き合った上での言葉だった。
「これはクトゥ家の問題。部外者でしかない貴方が口を挟めるものではないわ」
「そういうわけだ
あぁ、不味い。このまま何もしなければ彼らは行ってしまう。そしてアリスは二度と僕の前に現れないだろう。
それなのに僕の体は全くもって動いてくれなかった。
「待って兄様。最後に少しだけ彼と話がしたいわ」
「ふむ、まぁ私も悪魔ではないしな。いいだろう」
彼女の提案は簡単に受け入れられた。シュグラオンがキザったらしく指を鳴らすとアリスは闇から解放された。
解放されたアリスはゆっくりと歩みを進め、僕の目の前で立ち止まった。
「……」
「何も言ってはくれないのね」
彼女は呆れたように苦笑を浮かべた。
言えるわけもない。僕は彼女に言えるまともな言葉など持ち合わせていなかった。何を言っても彼女を貶めて侮辱することにしかならないと思った。
「最後だから許してね」
次の瞬間、時が止まった。
彼女が何を思い何の意図を込めてそうしたのか、僕には分からない。アリスは僕の唇にその唇を重ねた。時間にして一秒にも満たない一瞬の接触。しかも彼女はあんな性格だから慣れていないのだろう。歯と歯がぶつかる不器用すぎる衝突。
「さようならモブ君」
そして彼女は泣きそうな微笑を浮辺て闇の中へと消えてしまった。
僕は目の前で起きたことが夢としか思えず呆然とする他なかった。しかし口の中に広がる血の味がただただ現実なのだと教えてくれた。
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