第16話 そうだ迷宮に行こう①《アリス・クトゥとの日々③》

「迷宮に潜りましょう」


 黒髪美少女(認めるのはなんか悔しいけど)アリス・クトゥにパフェ店に連行されてから早一週間。ここ一週間僕は彼女によりパフェどころか様々なことに付き合わされていた。

 カフェ・武器屋・服屋・本屋・ラーメンもどき店etc。とにかく本当に沢山彼女と回った。


 そして遂には迷宮ですかそうですか。


「えぇ……なんでまた急に?」


 本当に急すぎるだろ。今までの誘いとは毛色が違い過ぎる。


 というかそもそもそんなイベントは原作にあっただろうか。

 不測の事態というよりはゲームが現実化したことによる差異の可能性のほうが高いだろうか。

 当然ながらゲームで登場キャラの一日を丸ごとそのまま見せることはない。そんなことをしたらクリアまで何年かかるか分かったものではないわけで。重要なポイントを切り出してプレイヤーに見せているわけである。

 だから、原作で描かれていないだけで主人公とアリスが迷宮に潜っていたとしてもおかしいことではない。


「それで。行くの? 行かないの?」


「ハイハイこの際どこにでもお供しますよっと」


「ハイは一回よ」


 アリスは僕を見て呆れたようにため息を吐いた。このやりとりも随分と見慣れたものだ。


 どの道、僕がサブクエストのトリガーになっている以上、彼女の提案を断る選択肢など存在しない。

 今回のサブクエストも選択肢を誤れば世界が破滅しかねないものなのだ。ことは慎重に運ばなければならない。


 それに。それにだ。モブごときがそんなことを思うのは烏滸がましいかもしれないが、僕にとって彼女はどうにも放っておけないのだ。



 ◆



「グルルルルルルル!!」


「こりゃまた随分な団体さんで」


 学園地下に存在する学園迷宮。そこに訪れた僕らを迎えたのは階層フロアを埋め尽くさんばかりの犬頭の魔物コボルト達だった。


 彼らは僕らを見るや否や問答無用で襲い掛かってきた。


「――遅いよ」


 三ノ太刀 黒死線


 刀より放たれた空間に糸を引くように駆け抜ける重力斬連線。それらは幾重にも交差しコボルト達の尽くを捉えた。


「グ……ル、ル、ル、ル……」


 そしてその全てが一切の例外なく細切れにされた。


「ま、ざっとこんなものかな」


 汚れを落とすように数振りして刀を鞘に戻した。その際、キンッと音を鳴らすのがポイントだ。


「あ、貴方見た目と違って意外と凄いのね」


 どういう評価だそれ。

 モブとはいえレベルカンスト近くまで上り詰めたステータスだ。ここら辺の敵なんて歯牙にもかけないさ。

 この結果は流石に予想していなかったのかアリスは若干ドン引いている。


 えーと。まぁうん。……ドヤッ。


 ◆



「そういえば貴方のそれ、随分と変わった剣ね」


 迷宮の道すがらアリスが問うてきた。


「あーこれね。刀って武器で確か東方由来のものだったかな?」


 まぁあくまで僕の前世における話だけど。この世界での扱いは正直知らない。少なくとも僕がこのゲームをプレイした限り、東方に日本に酷似した国は存在しなったはずだ。

 まぁダウンロードコンテンツ的なサムシングでさらっと追加されている可能性もあるけど。


「っとボス部屋かな?」

「そのようね」


 雑談を交えながら迷宮を進んでいると、その内に大広間へとぶち当たった。

 そしてその中心には僕らを待ち受けるように異形の化物が鎮座している。


 大広間に足を踏み入れるやいなや化物は立ち上がり咆哮した。


『mooooooon!!!!!』


「っと変種か。最近多いんだよね」


 その階層フロアボスは異形と表現する他なかった。どちらかと言われれば人型に近く、円錐型の三本足に頭部から『血塗られた舌』と呼ばれる長い触手状の物体を生やしている。なおかつ巨体だ。

 本来であれば学園迷宮にこんなボスは登場しない。せいぜいギガントオークとかが良いところだ。おそらくこのボスもサブイベントにおけるクトゥルフ関係のボスだろう。


「下がってモブリオン君。流石の貴方でも少し荷が重いわ。ここは私がーー」

「いいや、その必要はないよ」


 一ノ太刀 重雷


 いくらクトゥルフイベントのボスだとしても僕の敵ではない。

 高速抜刀された居合は異形の化物を真ん中から横に真っ二つにした。


『m……o……n……』


 呻き声を上げて崩れていくボスを尻目にアリスは嘆息した。



「一撃って……貴方つくづく規格外よね」


 そんなこと言われましても。

 まぁこの世界に転生してから生き残るためにやれることは可能な限りやってきたからね。素直な賞賛として受け取っておこう。


「もしかして貴方ならーー」


 唐突に。

 何の前触れもなく唐突にアリスの身に異変が訪れた。


「くっ!? ぐぅううううううう!!?」

「どうしたのクトゥ!?」


 いきなりの事態に僕は困惑した。あまりにも突然すぎて事態を上手く飲み込むことができない。

 

 そりゃそうだ。

 アリスが唐突に悲鳴を上げたこともそうだが、なにせ彼女の腕は黒いもやのようなものに侵食されていた。


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