第17話 【改稿】そうだ迷宮に行こう②《アリス・クトゥとの日々④》

※前書き

先に読んでしまった人には大変申し訳ありませんが、後半の会話を分かりづらいと感じたため改稿しました。よろしくお願いします。




「ぐぅううううううう!!?」


 薄暗い迷宮の中、アリス・クトゥは突如苦痛に悲鳴を上げた。


 なんだこれは。僕は知らないぞ。


 原作で描写されていなかっただけなのか、イレギュラーな事態なのか。


 黒いもや。いやもやというには些か不気味すぎた。単なるもやではない。それらは触手のように形どりアリスの腕に絡みついていた。


「大丈夫……大丈夫だから。いつものこと。す、ぐ収まるわ……」


 そうは言うが彼女は額に大粒の脂汗を滲ませ必死に痛み堪えている。


 日常茶飯事的にこんな事態が起きている?


「へ?」


 アリスが苦しんでいる最中、突如空間に黒い靄のようなものが出現した。大体人の大きさぐらいだ。

 そしてそこからから何かが這い出た。出てきたのは身なりの整えられて男だった。


「兄……様? 何故ここに?」


「あぁ我が愛しの妹よ心配したんだぞっ!」


 その男は僕にもよく見覚えのある人物だった。

 シュグオラン・クトゥ。アリスの実の兄であり、現クトゥ家の頭首だ。


 この兄との会話は覚えている。確かこの段階だと原作では「妹に近づくな」と釘を刺されるのだ。それ以降はイベントの終わりまで会話することはほぼなかったはずだ。


「随分と小汚ないゴミ虫がいるようだが」


 チラリとこちらを一瞥した。


 は? 


 そして次の瞬間、暗闇に包まれた。

 大きさにして一平方メートルの箱。その空間内に僕とシュグラオンはいた。アリスはその外だ。


 なんだ。なんだよこれ?


 こんな能力も知らない。先ほど言ったように原作ではこの兄とは軽く会話する程度だし、能力だって多少魔術が使える程度だったはずだ。


 しかし目の前で起きている現実は違う。頭を切り替えて一つ一つ確認していくしかないだろう。

 一先ずなによりも苦痛に耐えているアリスに視線を向けた。


「? あぁ安心して欲しい。この会話は妹には聞こえていないよ」


 違ぇよ阿呆。こっちはお前の妹の心配しているんだよ。むしろなんで実の兄であるお前が心配していないんだよ。言葉で心配と口にしていても態度がそうじゃない。


 だが、確かに彼女の症状は収まりつつあるようだ。肩で息はしているものの、もう悲鳴は上げていない。表情も比較的穏やかだ。

 それでもあの症状は見過ごせるものではない。


「妹さんのあれは何?」


「君が気にすることではないよ。だがまぁこれだけは言っておこう。命に別状はないから安心していい」


「あっそ。じゃあこれはなんなのさ。どう見ても廃神の力でしょ。貴族がそんなの使っていいの?」


 確信なんてものはない。単なるカマだ。


「大いなる力の前で小癪な大陸法など無意味だろう?」


 シュグオランは特に隠すことなく白状した。

 彼が言葉にするようにこの世界で異星の廃神に組することは固く禁じられている。

 廃神は絶大なる災害と混乱をもたらす。原作にはない要素だが、下手したら国家など簡単に覆せるのだから当然の措置と言えた。


「ハハハこの力は本当に素晴らしい。本来であれば契約後に使えるはずの力だが、我らが神はとても寛大でね」


 契約。


 その単語は僕の心臓に鎖を巻つけ沈ませた。


 僕はその言葉の意味も、この後の結末をよく知っている。この世界で唯一人だけ結末を知ってしまっているのだ。


「あぁそんなに身構えなくてもいいよ。私は警告しにきただけだからね」


 そうは言うが簡単に警戒を解くことはできない。


 なにせカンスト近くのレベルを誇るモブでも廃神には敵わない可能性がある。というか多分余裕で勝てない。


 慎重に立ち回る必要があった。


「警告?」


「あぁそうのとおりだ。我らが神に教えられたが君はだろう。分不相応な夢は見ないことだ」


「……っ」


 途端、心臓にピシャリと氷水をぶちまけられたように思えた。


 こいつは僕が転生者と知っている?


 あぁでも……くそ。でもそうだ。全くもってその通りだ。

 その言葉で改めて認識した。自分は単なる転生者でしかないことを。


 それなのに一体全体、僕は何を浮かれていたのだろうか。

 その言葉で気づいてしまった。アリスとの日々を楽しんでしまっていたことを。僕にそんな資格あるわけもないのに。


「分かるだろう? 妹はたまたまもの珍しいからと目につけただけだ。君自信に惹かれたわけではないよ。そもそも君のように凡庸な人間の手に届く存在ではない」


 あぁ嫌だ。


 言葉を聞くたびに心がドンドン冷たくなっていく。


 僕は分相応にも何を期待していた。

 彼女とは文字通り住む世界が違うはずなのに。僕はこの先の未来に何を抱き笑っていた。希望なんてないはずなのに。


「でも私は安心しているんだ。妹の相手が君みたい人で良かったよ。なにせ君のようにこの世界とは無関係の凡人には何も出来ないからね」


 彼は僕の心境などお構い無しに滔々と歌うように言葉を続ける。


 そうだ。僕には何も出来やしない。 


 離れたところから劇を眺めることしか出来ない観客モブ。たまたま演者に話しかけられたからと舞い上がった、道化にすらなれない哀れな観客モブ。それが僕だ。


 僕は世界の全てを知っているのに何も出来ない凡人モブ


 結末を知り、知っているのに変える力も覚悟もない哀れな無能が僕だ。


「これからもどうか妹のことをよろしく頼んだよ無能モブ君」


 彼はにこやかな笑顔を添えて言い放った。その言葉でここでの会話は終了した。


 結局、僕は彼の言葉に何一つ言い返せなかった。言い返せるはずもない。


 だって彼女はこの未来の果てに死んでしまう。そしてそれを知りながら僕には何も出来ないのだから。

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