第14話 朝の一幕




『脱獄した元Sランク霊装士は、【死神】の手によって捕縛されました』


 朝のニュース番組が始まるタイミングでテレビを付けたところ、真っ黒なマントにドクロのお面を身に付けた人物が、脱獄犯を捕える様子が映し出されていた。

 まぁ俺なんですけども。


 水霧副司令官や他の俺の存在を知る人が動いてくれたらしく、相変わらず【死神】が誰なのかについて、ニュース内で言及されることはなかった。


「協会のお願いなんて無視しちゃえばいいのに」


 ムスッとした表情の葵が、俺の前にコーヒーの入ったマグカップを置きながら言う。

 そりゃ無視したいのはやまやまだけどさ、万が一この犯人が父さんや母さん、そして葵に危害を加えるようなことがどうするんだ。


 基本的にはあちらで全て解決してほしいが、今回の相手は元Sランクの霊装士だったからなぁ。わかっている範囲で怪しい組織とかテロ集団は事前に捕えておいたから、あまり仕事は振られないと思っていたんだけどな。


「こればっかりはな。葵の身になにかあったらいけないし」


「私じゃなくて、お兄ちゃんは自分の心配をして」


「やだ」


「やだじゃないよもーっ!」


 もーもー言っているわりに、ちょっと嬉しそうに見えるのは俺の気のせいだろうか。心配しているのは本当なんだろうが、心配してくれるのも嬉しいってところかな?


「それで、その女はちゃんとお兄ちゃんに謝ったの? そいつがルール破ったせいで、お兄ちゃんも罰を受けることになったんでしょ?」


「きちんと謝ってくれたぞ」


 たしかに双葉さんは『すみませんでした』と言っていた。

 主に篝火さんに向けてのものだったと思うけど。


「……ふーん。嘘は言ってないみたいだね」


 目を細めて葵は俺を見る。なぜか葵は俺の嘘をわりと高確率で見破ってしまうんだよなぁ。ポーカーフェイスには自信あったけど、葵に対してだけは自信がない。

 葵は「それならいいけど」と言葉を漏らすと、再び口を開く。


「『カミオロシ』はもういないことになっているんだから、くれぐれも『死神』と同一人物ってことがバレないようにしないとダメだよ。強いSランク霊装士レベルの【死神】だけならまだしも、【カミオロシ】はそうじゃないんだから」


 そりゃもう痛いほどわかっていますとも。

 何回目か忘れたけれど、俺――百瀬千景の力が世間に周知されていたときは核兵器扱いされていたからな。めちゃくちゃ面倒だった。


 ただ、双葉さんのような優秀な人材は、極力見殺しにしたくない。

彼女は霊装士としての能力が非常に優れているから、俺たちの平穏な暮らしのためにも、死んでほしくないからな。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 妹と一緒に家を出て、途中で別れてから勤務隊舎に向かう。

 すると、途中でE-402部隊の柿崎くんがいた。彼は以前呼び止められた場所と同じ位置に立っていて、俺の姿を目に入れると、こちらに向かって歩いてくる。


 今度はいったいなんのようだ?

 もしかして、また『辞職しろ』とか言うつもりか?


「おはよう百瀬」


 なんか普通に挨拶してきた。

 何を考えているのか知らないが、とりあえず俺も「おはよう」と返事をする。


「危険度Cの侵略者を倒したみたいだね」


「ほとんど双葉さんひとりで戦っていたがな。平凡なEランクの俺は逃げ出したい気持ちでいっぱいだったよ」


 俺は肩を竦めながら言う。少し演技っぽかっただろうか?


「そんなことで彼女のパートナーが務まるのかい? もし百瀬が望むなら、僕から副司令官に人員の入れ替えを要請するよ」


 柿崎くんは顔をやや上に向け、見下ろすように言ってくる。

 彼の身長はたぶん百七十五センチ程度で、俺より二、三センチ大きいぐらいだから、あまり見下ろされているような感じはしないが。


 というか、


「柿崎くんさ、双葉さんのことが好きなのか?」


「――ふふっ、別にそう思ってもらってくれてもいいね。だから百瀬、僕と変わってくれ」


 どうやら違うっぽい。そして、明らかに別の理由がありそうだなぁ。


「柿崎くんはなんで双葉さんと同じ部隊に入りたいんだ?」


「彼女は優れた才能の持ち主だからね。同じ部隊で活動したいと思うやつは僕だけじゃないだろう。高ランクを目指すには、メンバーの実力も重要だよ」


 スラスラと述べる様子は、事前に答えを用意しておいたように見えなくもない。

 言っていることは理解できるが、やはりなんか怪しいし、柿崎くんに双葉さんは譲れないなぁ。


 というか彼がどんな理由を述べたところで、俺がE-403部隊を抜けたら副司令官との約束を反故にすることになるので、前と変わらず答えは『NO』一択である。


「悪いな。抜けるつもりはまったくない。もし副司令官を説得することができたら、その時は従うよ」


 俺がそう言うと、彼はニヤリと笑みを作って「その言葉忘れないでね」と言った。

 俺のほうこそニヤリとしたい気分だ。副司令官の説得は間違いなく無理だから。


「じゃあそっちも仕事頑張れよ」


 そう言って、俺が勤務隊舎に向けて歩きだすと、


「僕と入れ替わるまでの間、せいぜいイレギュラーには気を付けることだね」


 なぜか交代を確信している様子の柿崎くんは、そんな言葉を俺の背に投げかけてきた。

 イレギュラーなんて事故みたいなモノだし、そうそう起きるもんじゃないから、そこまで心配することはないだろうに。





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