第15話 疑う者、庇う者



「おはよう」


 挨拶をしながらE-403の部隊室に入ると、先に出勤していた二人から挨拶が返ってくる。


「おはよう百瀬くん!」


 まずはキッチンから、ハツラツとした雰囲気の篝火さんが。

 謹慎期間中であるというのに、声色は楽し気な雰囲気である。

彼女はオペレーターとして俺たちの命の重さを感じていたようだし、この期間中は侵略者と戦うことがないからの分気が楽なのかもしれないな。この辺りは、慣れていくしかないと思う。


「おはようございます……百瀬、さん」


 そして、窓から外を眺めていた双葉さんもいつも通り淡々とした様子――ではないな。やけにしおらしい。

 というか、何気に彼女に名前を呼ばれたのは初めてではないだろうか? 新鮮だ。


「何か文句でもあるのですか?」


 キョトンとした表情が癇に障ったのか、双葉さんはこちらを睨みつけてくる。うん、いつも通りに戻った。


 別になんと呼ばれようが気にしないので、双葉さんには「なんでもない」と返答しておいた。強いて言えば『珍しい』という言葉を使うことになるのだろうけど、いままで一度も名前を呼ばれたことがないということを加味すると、もっと強烈な言葉を使うべきなのかもしれない。


 まぁどうでもいいか。


「昨日は急に抜けて悪かったな。実はじいちゃんが危篤で――」


「百瀬さんのおじいさんの葬儀の話を何度も聞いた覚えがあるのですが?」


「――というのは冗談で、知り合いから『助けてくれ~』っていう緊急の連絡があったから、ヒーローのように助けに行ってた」


 俺がそう言うと、双葉さんは呆れのため息を吐く。

 本当のことも嘘っぽく話せば案外気付かれないものだし、むしろその可能性を脳内から削除できるという点で有用だ。

 空気がいつも通り悪くなったところで、篝火さんが「まぁまぁ」と俺たちの間に入ってきた。


「まだ謹慎中だし、せっかくだからこの機会に部隊の結束を深めようよ」


 俺が言うと間違いなく双葉さんから反論が来そうな言葉だが、篝火さんが言うとなると重みが違ってくる。俺は普段からルール違反を犯しているイメージがあるかもしれないが、篝火さんはそうじゃないからな。

 双葉さんがしぶしぶといった様子で「わかりました」と口にした。本当に結束を深めようとする気があるのかはわからない。


 篝火さんはドリッパーにそそいだお湯が落ちていくのを横目に、俺と双葉さんに声を掛けてくる。


「今日はどうする? さっき訓練場の空きを確認したけど、どれも残り枠が少ないから取るなら早めに予約しておかないといけないけど」


 訓練かぁ……ちょっと面倒だけど、中には楽しいものもあるんだよな。

 射撃訓練場はスコアが出てきてゲームっぽいし、障害物コーストレーニングはアトラクションみたいで楽しい。対人の訓練は俺の場合、どうしても相手に合わせたお遊びみたいになっちゃうから、進んでやろうとは思わないが。


「……百瀬さん、対人訓練に付き合ってはいただけませんか?」


 そんなことを思った矢先、双葉さんがそんなことを言い始める。

 なんでやねん。俺のことが気に喰わなくて、ボコボコにしてストレス発散でもしようとか考えているんじゃないだろうな? 


「いやいや、俺は銃専門の後衛だし、双葉さんの相手は務まらないと思うぞ」


「しかし後衛といえど、養成校の卒業基準は満たしているはずです。加減はしますから、ご安心を」


「……なんで急に対人訓練をやろうなんて思ったんだ」


「あなたが私たちに嘘を吐いているからです」


「別に嘘なんて――」


「吐いていましたよね? 霊銃の腕前も霊装の強度も。あなたの本当の力がわかれば、部隊としての行動の幅が増えますから、必要なことです」


 双葉さんはいつものように睨むのではなく、真剣なまなざしを俺に向ける。

 まぁどんな目で見られようが、俺の答えは変わらないんだけども。


「訓練のためって言うなら断れないけど、俺が双葉さんに痛い目にあわされるだけだぞ?」


 肩を竦めながらそう言うと、今度は睨まれた。


「なぜそうかたくなに隠すのですか。同じ部隊の仲間であっても、ダメなのですか?」


 そりゃダメだよ。

 双葉さんも篝火さんも――俺は彼女たちと過去に関わっていない。

 だから、彼女たちがいざというときに口を割ってしまうような人なのか、判断ができないのだ。


 俺がいま、カミオロシや死神であるということを知っているのは、過去の世界で絶対に話を漏らすことが無かった人たちだけである。

 どうやって言葉を返したら諦めてくれるだろうかと考えていると、篝火さんが話しに乱入した。


「この話は止めよう?」


「ですが――」


「百瀬くんはEランク霊装士、それじゃダメなの? 双葉さんみたいに、凄い人じゃないと、同じ部隊は認められない?」


 なぜか俺には、篝火さんが『普通』という言葉を強調しながら言ったように聞こえた。

 妹の発言で聞き慣れているせいかなぁ……もしくは、俺が何かしらの事情を抱えているのを察知して、庇ってくれているのか。


 やがて双葉さんは、「ね?」と後押しをする篝火さんに負け、「わかりました」と折れることになった。何を思って篝火さんがこの会話を締めてくれたのかは、わからない。

 ただ、結果的に俺が助かったのは事実だ。

 やれやれ、もし俺を庇ってくれたのなら、篝火さんには借りができてしまったなぁ。


 篝火さんならば俺の事情を知っても隠し通してくれそうな気もするけど、油断は禁物。どうしようもない事態にならない限りは、正体を隠しておこう。


 他でもない妹がそう願うのだから。

 

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