第36話 困った
霊装を身に纏い、通常の人間ではありえない身体能力のもと、一気に距離を詰めた。
倉庫入り口の扉に張り付いて、様子を窺う――なんてことはせずに、
「どうも協会所属の霊装士です。武器を床に置いて手を頭の後ろで組んでください」
「ちょ、ちょっとなにやってるのよあなた!?」
俺の行動は、双葉さん的には敬語を忘れてしまうぐらい突飛なものだったらしい。だっていつもは『どうも死神です』って言いながら突撃しているんだもの。
どちらにせよ、俺たちがこの建物に近づいた時点で、きちんとしたテロリストならば気づいていただろうし。
「来たぞ! 逃がすな!」
「「「「おうっ!」」」」
ほらね。迎え撃つ気満々じゃん。
ただ、やはり直前まで気付いてはいなかったのか、体勢は整っていない様子。
だいたい視界にいる人間は二十人程度。ただ、倉庫内にはコンテナのような物が多数配置されており、その裏に敵は潜んでいるだろうから、敵のおおよその人数は水霧司令官の予測通りかな。
こちらにライフルやらピストルを構えている様子から、明らかにまともな人間でないことはたしかだ。霊装も纏っていないし、霊装士ですらなさそうだな。
「一歩下がって」
双葉さんを右手で後ろに追いやりながら、一歩前に出る。
その瞬間、俺目がけて無数の銃弾が襲い掛かってきた。だが――、
「銃弾は無意味だぞ」
持ち前の身体能力、および強化した霊装のおかげで、銃弾は身体に当たっているにもかかわらず、傷一つ残らない。もちろん、制服にも霊力を纏わせているので、そちらも無傷だ。
五発ほどは銃弾を掴んだけれど、さすがに数が多すぎた。握りつぶした銃弾をパラパラと床に巻いてから、疾走。
「攻撃してきたからには敵とみなす」
まず敵の攻撃手段である銃を破壊し、肉体には致命傷にならない程度の打撃を加える。
とりあえず両腕の骨を折っておけば大丈夫だろう。
敵たちの叫び声が倉庫内に響く。こっちに銃を打ったんだからこれぐらい我慢してもらおう。
あいつらが再起不能になろうが、知ったこっちゃないし。
そうこうしていると、入口から死神の変装をこなした柿崎くんが入ってきた。
彼は無言で俺の作り上げた惨状を見渡すと、大きくため息を吐く。双葉さんは、唖然とした表情を浮かべて地面で呻く敵の姿を見つめていた。
「じゃあ僕は進むよ。何かあったらサポートよろしく」
俺の耳元でそう言った柿崎くんは、ゆっくりと歩を進めていく。
彼もそれなりに場数は踏んでいるようで、踏み出す足に躊躇いは見られない。
「ほら、双葉さんもぼーっとしてないで、行こうぜ。せめて一人ぐらいは倒さないと付いてきた意味なくなっちゃうぞ」
「わ、わかっています! 次は私にも残してください!」
「銃弾は大丈夫か?」
「私の霊装強度は六ですよ? 敵が対物ライフルでも持ちだしてこない限り、平気です」
そりゃそうか。
でもこういう霊装士に捕まえられる可能性を想定している奴らは、だいたい持ってきてるんだよなぁ。
『柿崎君の進行方向に侵略者の反応が出たよ! 危険度はBかAが二体、気を付けて!』
「こりゃビンゴだなぁ」
協会の予想通り、こいつらが侵略者を呼び出しているとみて間違いないだろう。
さすがにこれは偶然とは言い難い。
「じゃあ侵略者は双葉さんと死神さんに任せよう。行けるか?」
俺の問いかけに、柿崎くんは無言でコクリと、そして双葉さんは「やります」と言って頷いた。満タンの霊力を持つ彼女たちならば、これぐらいの敵、軽々屠ってくれるだろう。
「篝火さん、状況を見て支援が必要そうなら連絡してくれ」
『うん! わかった!』
篝火さんの返事が聞こえたところで、コンテナで隠れた倉庫の奥の方から「死神までいるぞ!」という叫び声が聞こえてきた。
「こんなお粗末なフェイクにかかるとは、敵も大したことなさそうだなぁ」
いつもよりやや人数が多めというぐらいで、今回も楽に終わりそうだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
双葉さん柿崎くんの二人は、多少の消耗はあったものの、二匹の侵略者を怪我なく倒す事に成功。
俺も敵の取り逃しをすることなく、数十名のテロリストの制圧を完了させた。
だが、肝心の侵略者を呼び出していたやつが見つからない。
ある程度尋問も済ませたが、奴らは「知らない」の一点張りだった。俺は手荒な尋問方法を知らないし、専門の人に任せたほうがいいかもしれないな。
「そっちはどうだった?」
柿崎くんと双葉さんも俺と同じように敵から情報を聞き出そうと試みていたが、彼女たちも成果は得られなかったようで、首を横に振っていた。
至る所からうめき声が聞こえてくる倉庫は、心地が良いとは言い難い。
「終わったみたいだな。しかし、坊主が取り逃すとは珍しい」
「逃がしたつもりはないんだけどな……」
間違いなくこの倉庫から外に敵は一人も逃していないはず。
そもそもこの建物の周囲には水霧副司令官が配置した霊装士が見張っているのだから、気付くとしたら彼らのほうだ。
可能性があるとすれば、初めからいなかったか、もしくは、まだこの倉庫内にいるかのどちらかだが――、
「――っ!? 下がれっ!」
莫大な霊力の気配。それとともに、倉庫の天井付近には巨大なゲートが出来上がっていた。
「おいおいこいつはやばいぞぉ」
三島のおっさんは、上を見上げながら後ずさりをしている。
「な、なんだこの大きさは……」
「き、気を付けてください! これはおそらく危険度SSレベルの侵略者です!」
柿崎君と、篝火さんも上を見上げて怯えた表情を浮かべていた。
俺も彼らと一緒に怯えたいところだけど、こいつはどうやら俺が出張るしかなさそうだ。
「くっくっくっ――! 残念だったな死神ぃ! 終わりだ、俺もお前たちも、この世界も終わりだぁ!」
倉庫の隅、ボロボロのコンテナの中から一人の男が現れた。
霊銃を片手に持っているが、意識がもうろうとしているのか、足下がおぼつかない様子。
どうやら、霊力をほぼ使い果たしているらしい。
「葵になんて説明すればいいんだ……?」
数年ぶりに見るこの厄神――どう処理したものか。
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