第35話 覚悟の話
敵の拠点と思しき倉庫は、体育館の二倍はありそうな水色の倉庫だ。
周囲には黒塗りの車が数台止まっているほかに、人気は感じられない。
協会が調べたところ、地下に空間は広がってないようなので、本当に仮拠点ということなのだろう。
遠目に建物が確認できる位置までやってきて、川の土手の斜面から敵地を観察する。
「さ、俺たちは一気に攻めるぞ。柿崎くんは俺たちの少しあとから、姿を見せびらかす感じでよろしく」
「やっぱり少し恥ずかしいなぁ……」
「喧嘩売ってんのんかあぁん!?」
俺はいつもその恰好で活動してますが何か文句あるんですかぁ!?
いや落ち着け俺。今は仕事中だ。いつもと空気が違うからって平常心を忘れてはいけない。
「お願いですからもう少し緊張してください」
俺の隣で、双葉さんが眉を寄せながら言う。
今回のはいつもと違って、本当に嘆願と言った雰囲気のものだった。
まぁ今回の敵は、Sランクの侵略者を呼び出すような奴らだからなぁ。普通の侵略者を相手にするのとはわけが違う。なにより、人を殺す必要があるかもしれないからな。
「汚れ仕事は俺がやるけど、怖かったら帰ってもいいんだぞ?」
暗に『そういうことがあるかもしれないぞ』とほのめかす。
俺も極力人を殺さずに無力化に勤めているが、相手の持つ霊具の種類や、どうしようもない時は人を殺めることもある。
慣れていなければ、立っていることすらままならないほど気分が悪くなったりするものだからな。俺も最初はそうだったし。
いや、初めては違うか。
涙が枯れ果てるまで、泣き続けていたと思う。
いったいあれから、俺の中で何年の時が流れたのだろうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『ご、めんね。お兄ちゃん』
『――喋るな葵! 待ってろ、なんとか止血して――』
下半身は瓦礫に挟まれ、左肩から先を失った葵は、涙を流しながら言った。
『私じゃ、みんなを――助けられ、なかったよ』
『そんなこと、ないよ。僕がもっとしっかりしていれば――』
あと一年間生き延びなければいけなかった。そうすれば、再び時渡りを使えた。
葵は血を吐きながら、後悔するように言葉を紡ぐ。
『こんな世界で、生きても、幸せにはなれないね』
『諦めたようなことを口にするんじゃない! きっと、きっと助かるから!』
必死に声を掛けながらも、葵が助からないことは薄々わかっていた。だけど、認めたくなかったし、嘘であると信じたかった。
わずかに首をふる葵を見て、さらに涙を流していると、彼女は俺の手にそっと右手を重ねた。
『お兄ちゃんだけでも、幸せになってほしいな』
葵はそう言うと、静かに目を瞑る。ケホっと苦し気に血を吐いてから、再度口を開いた。
『だから、お兄ちゃんの【霊具喰らい】で、私の時渡りを――』
『そ、そんなことできるわけがないだろ! あれは、心臓にナイフを突き刺さなきゃいけないんだぞ!?』
声を荒げて叫ぶが、彼女はその言葉に回答はせず、言葉を続けた。
『お兄ちゃんは、幸せになってね』
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「どうしました?」
今でも夢に見る、過去の映像を頭に思い浮かべていると、双葉さんが俺の顔を覗き込みながら言った。
「遠い昔のことを思い出していただけだよ」
「あなたはまだそんなに長生きしていないでしょうに」
俺の返答に対して、彼女は呆れたように肩をすくめる。
そして、瞳に確かな意思を宿して口を開く。
「人の命を奪うことぐらい、この場に来ると決めたときに――いえ、霊装士になると決めたときに覚悟していました。ですから、ご心配なく」
どうやら、俺の心配しすぎらしい。
というか、俺もわりと人の心を残しているもんだな。なにせ他人の心配をしているんだから。残しているというよりも、戻ってきたというほうが感覚的には近いか。
「心強い味方じゃないか百瀬」
ドクロのお面越しに、クスクスという笑い声が聞こえてくる。
非常に不気味だ。俺はお面を付けた状態で笑わないようにしておこう。
「まぁな」
「そろそろ副指令から合図がくるころ合いですよ。心の準備をしておいてください」
はい、承知いたしましたっと。
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