第37話 成敗



 この厄神と、今まで何度相対したことか。

 今まで何度、この馬鹿みたいに大きな侵略者が、世界を滅ぼすところを見てきたか。


「――う、嘘だ! 奴はカミオロシによって滅ぼされたんじゃなかったのかっ!」


 柿崎君がぬるりとゲートから足を出す侵略者を見て、声を挙げる。

 確かに俺はあの時に厄神を倒したけどさ、こいつらが何体いるかだなんて、そもそも誰も把握できていないんだよな。これで終わりかもしれないし、まだ現れるかもしれないし。


「……厄神」


 囁くように、双葉さんが敵の名を呼ぶ。

 彼女はすがるような視線を俺に向けた――だが、それはほんの一瞬のこと。すぐにいつもの真面目な表情になって、俺に問いかけてきた。


「――私になにか、できることはありますか?」


 なんとまぁ、頼もしい霊装士になってくれたもんだ。


「おう、あるとも。この地面でイモムシみたいになっているアホ共を外に逃がしてやってくれ。さすがに、あいつが相手じゃ俺も手が回らない。準備に多少時間が掛かるしな」


 殺人未遂だし、テロ組織の一員なんだから全員死刑でもいいんじゃないかと思うけど、その判断は司法に任せることにしよう。俺が決めることじゃない。


「聞きましたか皆さん! 急ぎましょう!」


「お、おい待て水霧さん! いくら彼でも、厄神はそこらの侵略者とはわけがちがう!」


「そうだぞ嬢ちゃん! 坊主も何言ってんだ、すぐに逃げるぞ!」


 双葉さんが二人に声を掛けるが、賛同の声は返ってこない。

 そうこうしているうちに、ゲートからは両足が出てきて、次いで両手。その後、のれんをくぐるように頭が現れた。


「ぐぁああああああああっ」


 呼び出した張本人が厄神の手でつぶされてしまっているけれど……まぁあれはさすがに助けなくてもいいだろう。下半身が腹から下が原型をとどめていなさそうだし、いまから助けても命は救えまい。


 俺は地面を力の限り踏みしめて、跳ぶ。


「――おらぁっ!」


 倉庫の天井をぶち壊しながら二足歩行で立ち上がろうとする厄神。

 俺はやつの大木のような左の太ももを、矮小で細い足で薙ぐように蹴った。


「ひー、やっぱりこれじゃだめか」


 ダメージ自体は入る。

 なんなら、俺の足が通った場所は綺麗さっぱり吹き飛ばされているのだけど、足一本刈り取るには至らないし、一秒も経たない間に修復されてしまう。

 やはり、あの時同様、一瞬でケリを付けなければならないようだ。


「こいつからの攻撃は俺が止めるから、さっさと避難をすませてくれ! 自分の安全第一でな!」


 瓦礫となった倉庫の天井が降り注ぐ。俺は縦横無尽に倉庫内を跳び回りながら、その全てを海側に蹴り飛ばした。

 いまは全力でこいつが他に被害を広げないように努めなければならない。

 口止めに関しては、俺の周りの奴らが物分かりの良い人間であることを願うとしよう。



 倉庫内に人という人がいなくなった段階で、双葉さんが肩で息をしながら俺に向かって叫ぶ。どうやら他のメンバーはすでに離れたところまで避難した模様。


「全員の避難、終わりました!」


 厄神がでてきた段階で、俺は通信を切ってある。そのため、彼女は口頭で俺に伝えにきてくれた。彼女もまた、通信用のイヤホンは耳に付けていない。


「お、サンキュー! というか双葉さん、俺が厄神と戦っていても疑問に思わないんだな」


 厄神が振り下ろしてきた拳を、小さな拳で弾き飛ばしながら言う。

 世間に知れ渡っている死神の力では、明らかにおかしな霊力で戦っているはずだ。だというのに、双葉さんはそのことに対して何も言ってこない。


「あなたがカミオロシであることは、すでに知っていました! 存分に力を振るってください!」


「オッケー――ってマジで!?」


「な、なんでこちらを見ているのですか!? 前を見てください!」


 いやだって……は?

 なんで双葉さんが俺のことを知っているんだ?

 カミオロシの情報はトップシークレットのはずだぞ?


「まぁそれは後でいいか」


 俺は両手を左右に伸ばし、霊力を込めて行く。

 倉庫の外壁がまだ多少残ってくれているおかげで、遠目で俺の姿は確認できないだろう。

 ヒンヒンと甲高い音をたてながら巨大化していく霊力の剣。密度も、サイズも、普段はお目にかかれないような代物だ。


『がァアアアアアアっ』


 厄神が大きく口を開いて、真っ黒な光の塊を口の中に作りだす。

俺はやつがそれを吐き出すよりも前に、高く跳びあがって顔面を思いっきり蹴りつけた。

 黒の光線が、高い水しぶきを上げながら海を割る。


 霊力を込めた剣はさらに巨大化し、とうとう建物のサイズに収まりきらなくなると、倉庫をバターのように切り裂いていった。


「さて、そろそろ決めようか。被害を出したらあとが面倒くさそうだし」


 そう呟いた俺は、高さ五十メートル――厄神の眼前まで跳びあがる。

 俺を喰らわんと大口をあけて迫ってくるが、この光景も見慣れてしまえば懐かしくさえ思えてくる。


「もう二度と会わないことを願っておく」


 そう最後に呟いて、俺は両手の剣を十字に切った。

 たったそれだけで、かつて世界を滅ぼした厄神は四分割されて、チリとなって消えていく。


「これじゃどっちがバケモノなのか、わかったもんじゃないよな」





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