第7話 辞職を勧められた件
「百瀬」
朝の八時半。
今日からいよいよ活動本番ということで少し早めに家を出たのだけど、途中で顔見知りに声を掛けられたので、足を止めた。
同じ第三霊装士養成校に通っていた、柿崎くんである。
サラサラとした金髪で、切れ長の目。肉食獣を思わせるギラギラとした目つきをしているが、全体的にみるとなぜか爽やかな印象を受ける青年だ。イケメンである。
「君は霊装士にふさわしくない。辞職してくれないか?」
……ホワイ?
学生時代に彼と関わったことはなかったが、いくらなんでも攻撃的すぎないか?
サボりの常習犯だったとはいえ――いや、わりとそれは攻撃材料になっちゃいそうだな。
「なんでいきなりそんなことを言われなきゃいけないんだ?」
そう聞いてみると、彼はさらに目を鋭くする。
「君が養成校と同じように欠席や遅刻でもしてくれたら、わざわざ僕が言う必要は無かったんだけどね。はっきりと言わせてもらう――君は霊装士として力不足だよ。被害が及ぶ」
いやそうは言ってもね。
実力不足だったらそもそも卒業できないから、適当にやっていたとはいえ、基準はクリアしているはずだぞ。
同じ部隊の二人と実力が釣り合ってないと言われたら、納得できるかもしれないが。
双葉さんと俺の成績を比べると、文字通り天と地の差があるからな。
「自分で言うのも情けないが、水霧双葉は副司令官に掛け合ったみたいだぞ。たぶん、部隊編成を見直してくれとか言ったんじゃないかな? そして結果はダメ。一年は変更不可だとよ」
「近くで聞いていたから、僕もその話は知っているよ。だから君に、辞職を勧めているんじゃないか」
変わらない真面目な口調で、淡々と柿崎くんが言う。
まぁ勧められたからといって、『はい辞めます』と答えるわけにもいかないんですよ。
命だけは守ると、副司令官と約束しているし。
「悪いが、断る。柿崎くんには柿崎くんの考えがあるんだろうが、俺にだって霊装士をやる目的はあるんでね――それじゃ、お互い初日を頑張ろうか」
そう言って、俺は有無を言わさず止めていた足を動かす。
これでも食って掛かるようなら副司令官に相談させてもらうつもりだったが、柿崎くんは何も言わなかった。振り返ったら睨んでいそうだから、このまま進むことにしよう。
やはり彼も双葉さんと同じように、サボる俺が嫌いなのだろうか?
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「お、おはよう百瀬くん。明け方に発生した危険度Eの
部隊室に行くと、篝火さんが挽いた豆の入ったハンドドリッパーにお湯を注ぎながら言った。
どうやら、篝火さんはすでに一発目の仕事をとってくれていたらしい。
侵略者の発生は基本、数時間前に検知できる。
というのも、侵略者が発生するまでの流れとして、まず【霊玉】と呼ばれる紫の玉が高さ三メートルほどの空中に出現する。
それは大気中の霊力を吸収しながら巨大化し、やがてそこから侵略者が生まれるという感じだ。まぁ霊玉は侵略者の卵みたいなものだな。
ちなみに霊玉の状態は完全に手だしができない状態で、俺の全力をもってしても傷ひとつつけられない。できることと言えば、霊力集めの手助けをしてやって、侵略者の出現時間を調整することぐらいだ。
「遅刻したら即座に副司令官に報告するつもりでしたが、残念です」
ソファに座るなり、姿勢正しく向かいのソファに座っている双葉さんが、俺を睨みながらそう言ってきた。
「相変わらず俺のこと嫌いだなぁ」
「好かれる要素があるとお思いですか?」
「妹に『かっこいい』って二回も言われたが?」
「それ、『はいはいかっこいいかっこいい』みたいな言われかたをされませんでしたか?」
「……なぜわかった?」
俺の家、もしかして盗聴器とかついてる?
「あ、篝火さん、ありがとうございます」
しかも俺の質問を無視してるし。どれだけ俺のこと嫌いなんだよ。
「どういたしまして。あ、あの――わわわ私は百瀬くんのこと、かっこいいと思いましゅっ」
助け船さんは思いっきり噛んでいた。
うん、俺を慰めてくれたんだね。薄々気付いていたけど、やっぱり葵が言ったアレは、面倒くさかったからあんな風に言ったんだろうな……お兄ちゃん、悲しいです。
噛んだことが恥ずかしかったのか、篝火さんは俺の目の前にコーヒーの入ったマグカップを置くと、逃げるようにキッチンへ走っていった。
その後ろ姿を、双葉さんは不思議そうに眺める。
「――なぜ篝火さんは、あなたを慕っているのですか?」
俺には目を向けず、キッチンでわたわたと慌てている篝火さんを見ながら、双葉さんが聞いてきた。
心当たりは一つしかないんだよなぁ。それ以外、挨拶ぐらいしか会話はないし。
「まだ双葉さんが入学する前のことで――」
「なぜ名前で呼んで――あぁ、姉がいるからですか。どうぞ、続けてください」
「――双葉さんが入学する前、俺や篝火さんが入学したての頃だな。篝火さんに向かってギャーギャー叫んでいる女三人がいたからさ、霊銃で頭ぶち抜いて気絶させたんだよ」
「……よく退学になりませんでしたね」
頬をぴくぴくと動かしながら、双葉さんが感想を漏らす。
悪口だけじゃなく、あの女たちは武器も取り出していたからなぁ。あんな奴らが霊装士になったらたまったもんじゃない。
「いちおう俺は停学にはなったけどな。ちなみに、女子三人のほうは退学した。霊装士にふさわしくないって理由で」
「なるほど……それであの態度ですか」
キッチンでドリッパーなどを片付けている篝火さんを見ながら、双葉さんが言う。
それで納得できちゃうんだ。
俺としては、これぐらいで恩を感じなくてもいいのに――と思ってしまうのだけど。
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