第6話 幾たび同じ時を繰り返し――



 誰を犠牲にしてでも生き残る。


 それが顔見知りであっても、親しい友人であっても、たとえ両親であっても――僕さえ生き残れば、またやり直せるから。

 ただ、妹だけは何があっても死なせたくない。

もう二度とあおいが死ぬ姿など、見たくはない。



 六度目の世界。


 いまから約百五十年前に侵略者が地球にやってきたことで、気付かされた『霊力』という存在。そして、自らの身体に宿る『霊具』という魔法のような武器。

 それらをもってしても、凶悪で強大で巨大な厄神相手に、人類は為すすべなく敗れた。

 いまの僕にできることは、力を蓄えつつ、生き残ることだけだ。

 


 十三度目の世界。


 身体を巡る莫大な霊力をもって数十メートル級の剣を作り、僕は一人で厄神に挑んだ。

 しかし霊力の強度が足りず、厄神の身体にはかすり傷すらつけられなかった。

だから瀕死の重傷を負いながらも、僕は逃げた。妹を連れて逃げて、また生き残った。

 


 何度目かわからなくなった世界。


 時を渡り、いつも通り過去に戻ってきた。

 両親は二人で仲良く出かけており、家にはと妹の葵だけ。

 リビングでテレビを見ている葵のもとを訪れて、もはや何度伝えたかわからない、これから巻き起こる災害、そして、妹に対して俺が行ったことへの謝罪をした。


 初めて伝えた時は、葵はどんな反応をしていただろうか?

 はっきりとは覚えていないが、少なくとも、疑いはしなかったと思う。


「う、うん……信じるし、怒らないよ」


 そして今回も、葵は額を床に付ける俺に対し、隣にしゃがみこんで言葉を返した。

 俺はもう一度「ごめん」と口にしてから、顔を上げ、葵の手を引きながら立ち上がる。


「信じてくれてありがとう葵、話が早いよ。――じゃあさっそくだが、俺はこれからすぐに仕事の準備にとりかかる。しばらく家を離れるが、連絡をくれたらすぐに戻るから」


「お、俺? お兄ちゃん、自分のこと『僕』って言ってなかったっけ?」


 あまり見ることのない、おどおどとした口調で葵が問いかけてくる。


「はははっ! まぁ気分転換ってやつだ!」


 俺は笑ってそう言うと、力こぶをつくって筋肉をアピール。十二歳の身体では、たかが知れているが。


「それに、なんだか『俺』って言うと、強そうに感じるだろ?」


 まだ霊具による時間遡行を始めたばかりのころ、俺がポーカーフェイスもせずに謝罪したとき、彼女はかなり俺の心配をしてくれた。だから次の世界からは、心は隠すことにした。

 さっそく対策を始めるために玄関へ向かおうとした――が、葵に腕を掴まれてしまう。


 んん? なんだこれ? いままではこんなことなかったのに、変な流れだな。

 頭ではそんなことを考えつつ振り返ると、


「前回の私は、お兄ちゃんになんて言って送り出したの?」


 葵は真っ黒な瞳をジッとこちらに向けて、質問してきた。


「えっと……たしか『怪我しないでね』とかだったかな? なんだ? 今回も言ってくれるのか?」


 クツクツと笑う俺に対し、葵は強張った表情を崩さない。むしろ、より一層表情が硬くなった気がする。


「それだけ? 私、何もお兄ちゃんに聞いてないの?」


「ん? 特に質問はされてないな――あ、どれぐらいで帰ってくるとかか? そうだなぁ……進捗次第だからなんとも言えないが、なるべく早くするよ」


 そう答えてみたのだけど、どうやら俺の予想した質問内容とは違ったらしく、彼女は俺の目を見据えたまま首を横に振る。そして、悔やむように唇を噛みしめた。


「ねぇお兄ちゃん」


「なんだい葵」


 ニコニコとした表情を意識して、優しく聞き返す。

 すると、葵は一瞬口を開いたが、言葉にするのを躊躇うようにつぐむ。

 十秒ほどの間を経てから、葵は意を決したように口を開いた。


「……何回目なの? お兄ちゃんは、何回繰り返したの?」


 葵は血が滴りそうなほど、強く拳を強く握っていた。白いと思っていた肌が、さらに白く見える。


「私はいままで、この質問を一度もお兄ちゃんにしなかったの……? どれだけお兄ちゃんが苦しんでいたのか、ずっと気付かなかったの!? ねぇ、どうなの!?」


 気付けば、葵の目尻には涙が溜まっていた。やがてその雫は頬を伝い、ぽつぽつと床に落ちていく。

 さてどうしようか、これは初めてのパターンだ。困った。


「うーん……聞かれたこともあったかな」


 これは事実だ。その時は、適当に話を濁したんだけども。


「これが二回目だよ」


 ぽりぽりと頬を掻きながら嘘を言うと、葵はさらに表情を険しくする。


「嘘つかないでっ! お兄ちゃん、おかしいもん。自分のこと『俺』って言ってるし、さっきから顔は笑ってるのに、目の奥が全然笑ってない――自分でも上手く説明できないけど……やっぱり変だよ!」


 あっさりと俺の嘘はバレてしまった。うまく笑顔は作れていたと思うんだがなぁ。

 やっぱり家族だからか? 不思議だ。


「ねぇ答えて。次に嘘吐いたら、私許さないから」


 ……他でもない葵にそう言われたら、折れるしかないんだよなぁ。

 俺の行動の根源は全て彼女への贖罪だ。彼女が望むならば、それを最優先に行動し、願いも全て叶えてあげたい。


 あ、もちろん『私を殺して』とかはダメだけど。

 だから、俺は頭を掻きながら、「ごめんな」と謝り、苦笑しながら質問に対する答えを口にした。


「――もうこれが何回目なのか、覚えてないんだ」


 俺がそう言うと、彼女は顔を真っ青にして、膝から崩れ落ちてしまった。



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