第5話 笑えないジョークだ



 この射撃訓練場では、鉛を飛ばすような拳銃は使えず、霊銃れいじゅうのみが使用可能となっている。


 霊銃とは、体内にある霊力を圧縮して放出する武器だ。

 人体に外傷的影響はないが、対象の霊力を弾き飛ばすという性質から、当たり所によっては急激な体内の霊力欠乏によって気絶したりもする。

 そして、この霊力は実際に触ることは基本的にできないので、当然のように遮蔽物は意味をなさない。


 霊力による攻撃を防ぐ方法は二つだけ。

 同じ強度以上の霊力を、身体、もしくは物質に纏わせて防御するか、もしくは侵略者の身体を使った物質で防御するか。


「――これで納得してくれたか?」


 打ち出す場所の近くにあるモニターには、『758POINT』という文字が映し出されている。ピッタリ双葉さんのスコアに合わせるように調整してみた。


 これで『私よりも弱いからやっぱりダメ』とか言われる心配もないだろう。

 目をパチパチとさせながらモニターを見つめる双葉さん。ちなみに篝火さんは、「すごいすごい!」と拍手してくれている。どうもどうも。


「い、いまのはきっとまぐれです! もう一度やって同じ点数を出せるのなら、認めましょう!」


 へいへい同じ点数ね。――了解っと。



「なんで全く同じ点数なんですか!?」


 モニターに表示されたスコアを見て、双葉さんが叫んだ。

 うん。俺もやり終わったあとに気付いたよ。

 多少の誤差がないと、いくらなんでも不自然だよな。


「そういう時もあるんじゃないかなぁ」


 まぁ運ということにしておけば問題あるまい。

 確率が低いかもしれないが、絶対ありえないってわけでもないからな。

 いま重要なのは、俺が双葉さんと同等レベルの射撃技術を持っているという事実を彼女に認めさせることだ。


 二回連続で高いスコアというのは、さすがに運だけでは説明がつかないだろうし、双葉さんも納得するほかないはず。

 そしてその点においては、俺の企みは成功したらしい。


「……学校では手を抜いていたんですね? なぜそんなバカなことをしたんですか?」


「卒業後にめちゃくちゃ上手くなった」


「……教える気がないということは理解しました」


 そう言ってから、彼女は大きくため息を吐く。そして、じっとりとした視線を俺に向けた。


「背中を任せられるだけの技量があることは認めます。ですが、私はそもそもあなたの霊装士としての自覚の無さが嫌いです」


「いまはそれで十分だ」


「今後も変わらないと思います」


「ま、それでもいいんじゃねぇの?」


 別に嫌われたままでもいいんじゃないか――と、思えた。

 信頼できるということと、仲が良いということは、イコールで結ばれるわけではないのだから。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 それから活動開始までの一週間は、主に訓練場を借りてチームワークの確認にあてた。

 帰宅するのはいつも定時の十八時。時間が余ったときは、親睦を深めるという名目で、三人でトランプをしたりもした。

 ちなみに、双葉さんはめちゃくちゃ嫌そうにしていたが、篝火さんが土下座をする勢いで頭を下げたために、しぶしぶ折れたような感じだった。


 それはいいとして。


 いよいよ明日から侵略者との実践が始まるというところで、俺は水霧副司令官に呼び出された。篝火さんは心配そうに、そして双葉さんは不思議そうな顔で俺を部屋から送り出した。


 副司令官専用の個室にやってきて、ソファに座る。

 要件はだいたい予想がつくから、緊張もなにもないんだよな。


「忙しい時に呼び出してすみません」


「構いませんよ、トランプで遊んでいただけですし」


 悪びれもなくそう言うと、一瞬目を丸くした副司令官は、目を閉じ、額に手を当ててため息を吐いた。


「この期間、新人霊装士は本番に向けて訓練をするのが普通ですよ? 昨日など、E-402部隊は定時を過ぎても訓練していたようです」


「よそはよそ、うちはうちですよ。互いのことをよく知るのも仕事のうちでしょう?」


 実際は訓練場が空いていなくて暇だったという理由と、篝火さんが「トランプの時間です!」と張り切っていたので、俺も双葉さんも断れなかっただけだが。


「双葉の様子はどうですか?」


 副司令官はコツコツという足音を鳴らして窓際まで歩き、問いかけてくる。


「相変わらず、俺は嫌われていますね。努力家で責任感の強い彼女からしたら、俺は目の上のたんこぶでしょう」


 自分が頑張っているからこそ、そうでない人が気に喰わないはずだ。

 俺はその感覚を味わったことはない。最初から、他人に期待していなかったから。

 妹を助けるためには、俺が努力する以外の道は存在しなかったから。


「それでも、契約は守っていただけるのですよね?」


 そう言って、彼女はデスクの引き出しから真っ白な一丁の霊銃を取り出した。

 俺専用にカスタマイズされている、特注の霊銃。定期メンテナンスは無事に完了したようだ。

 銃を受け取ると、俺はそれをコートの内側にあるショルダーホルスターに差した。


「契約だなんて仰々しい言葉は使わないでいいですよ。俺は妹のために平穏な日常を過ごす――副司令官はそのために最大限のサポートをする。その対価として、俺は勤務中に双葉さんの命を守る」


 もう一つの仕事のほうは、あらかた片付けたからしばらくはお役御免だろう。


「勤務外はダメですか?」


「そりゃそうでしょう。双葉さんと一緒に暮らせとでも言うつもりですか?」


 ため息交じりにそう言うと、副司令官はクスリと笑う。


「百瀬くんはとても誠実で真面目ですので、あなたになら双葉を任せても良いかと」


 誠実で真面目だって……? 表面だけみれば、俺は人の目にそう映るのか?

 妹を殺しただけでなく、妹を救うためだけに何度も人類を見殺しにしてきたこの俺が、誠実?


 笑えないジョークだな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る