第4話 認めさせるために



 しばらく部屋を探索したあと、篝火かがりびさんが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、俺たちはソファに座って双葉さんとどうやって打ち解けるかについて話し合った。


 俺が双葉さんに嫌われている理由は、命を預けられないということもあるとは思うけど、一番は俺が真面目に学校に通っていなかったからだろう。

 だから、双葉さんと仲良くなるためには今後の行動で真面目さをアピールすることが必要不可欠になってくる。


 しかし、俺が学校をサボっていたのには理由があるとはいえ、真面目かと聞かれたら首を捻らざるをえない。まぁ、サボらなくなればそれでいいんじゃないかなぁと思っている。

 念のため、ある程度使える人間であることはこの後に示すつもりだが。


「…………」


 双葉さんが部屋を出てから三十分ほど経ったころ、彼女は意気消沈した様子で部屋に戻ってきた。彼女の周囲にどす黒いオーラが立ち上っているように見えなくもない。


「どうだった?」


 結果は目に見えているが、いちおう聞いてみる。キッと睨まれた。


「……『最低一年は継続するように』とのことでした。なので、一年は我慢します。はなはだ不本意ですが、一年後に解散するとわかっていれば、耐えられます」


 解散前提かよ。

 だけどそれだけの期間、俺が一度もサボらなければなんとかなる気がする。たぶん。


「あ、あの……コーヒー淹れたから、水霧さんも飲む?」


 俺が腕組みして鼻から息を吐いていると、おずおずと、篝火さんがソファの前にあるテーブルにコーヒーの入ったマグカップを置く。


 双葉さんのことを嫌いだと言っていたけど、俺の願い通り、篝火さんは彼女と仲良くなるために動いてくれているようだ。


 篝火さん、めちゃくちゃいい子じゃん。

 せめて双葉さんと篝火さんは仲良しでいてほしい。部隊の空気的によろしくない。


「ありがとうございます」


 双葉さんはお礼の言葉を口にして、ゆらゆらと揺れる真っ黒な液体を三秒ほど眺めてから、ソファに座る。

 しかし、マグカップには手を伸ばさない。じーっとコーヒーを睨んでいるだけだ。


「あの、もしかしてコーヒー嫌いだった……?」


 篝火さんは双葉さんの隣に座り、上目遣いで問いかける。


「い、いえ。いただきます」


 双葉さんは慌てた様子でそう言うとマグカップの取っ手を持ち、口元へ運ぶ。

 そして深呼吸をしたのち、ぐっとコーヒーを口に流し込んだ。すると、彼女の表情はあからさまにゆがむ。あぁ、ブラックコーヒーは苦手なのね。


 別にブラックが飲めたから偉いなんてことはないのだから、好みで調整すればいいのに。うちの可愛い妹はドバドバ砂糖とミルクを投入しているぞ。


「……砂糖とミルク持ってこようか?」


 そんな提案をしたら、睨まれてしまった。

 今の俺、別に悪いことなにもしてなくない?



 コーヒーを飲みながらの会話は、主に部隊での戦闘に関してのものになった。

 学校生活でのことを話すと、双葉さんが機嫌悪くなりそうなので、自重した。


 オペレーターである篝火さんは、霊装士協会本部から共有された侵略者の発生情報を把握したり、俺たちが使う武器の配備、そして司令塔としての役割も果たす。

 司令塔は敵から離れたところでドローンを操り、戦場を俯瞰して俺たちに指示をだすというものだ。あと、篝火さんは現地まで車の運転もしてくれるらしい。


「じゃ、じゃあ、百瀬くんは二丁霊銃――水瀬さんが二刀霊剣で戦うんだね。遠距離と近距離だから、そのままでも戦闘に問題はないかな?」


 二人してイレギュラーな装備である。


 一番一般的なのは、剣や刀を片手に持ち、銃で敵を牽制しながら戦う中距離戦闘だ。

 他にも盾を使った戦い方なんてのもあるけど、侵略者から攻撃されるたびに霊力を削られることになるので、霊力の容量に自信がないやつはあまりやるべきではないって感じ。

 しかしバランスとしては問題ないかもしれないが、奇をてらい過ぎだろこの部隊。


「私に当てたら殺しますよ」


「そんなヘマはしないさ」


 自信ありげに言ってみたが、双葉さんはそれを鼻で笑った。失礼な。


「あなたの成績は知っていますから、強がらなくて結構です。最初に攻撃したらあとは大人しくしていてください。侵略者の目の前で頭を撃ち抜かれて気絶でもしたら、笑えません」


 そんなことを言い出すだろうなぁと思っていた。

 というか、篝火さんと先ほど話した時に、双葉さんはこういうことを言ってくると思う――と相談していた。


 養成校に通う生徒はそんなに多いわけじゃないし、俺に興味があろうとなかろうと、ある程度は授業で戦うところを見ているはずだからな。

 だから俺と篝火さんは、事前に彼女を丸め込むための策を練っておいた。

 双葉さんに俺が最低限は戦える人間だと証明するため――そして、俺が部隊の一員として役割を果たすために、


「実は二人のことを知っておきたいから、射撃場を予約しておいたのっ! お昼ご飯のあとに、どうかな?」


 腕前を披露する機会を、用意しておいたのだ……!

 篝火さんが、全部やってくれた。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 食堂で軽い昼食をとってから、訓練施設へ移動。

 その建物の地下に行くと、一般的な拳銃の激しい爆発音とは違う、静かで高い音が聞こえてきた。篝火さんが受付と話して、使用許可証と書かれたプレートを受け取る。


 ボーリングのレーンを借りるみたいな感じだ。養成校にあったものと同じ造りなので、馴染み深いものである。

 俺たち以外にいる霊装士は十人程度。みな、縦横無尽に動き回る的を撃ち抜かんと狙いを定めている。


「ちなみにだけど、どれぐらいの腕前だったら認めてくれるつもり?」


 隣を歩く双葉さんに問いかけてみると、彼女は俺を一瞥したのち、ふんっと鼻を鳴らす。


「スコア700以上ぐらいでしょうか」


「いやいや、そのスコア出せた生徒がうちに何人いたよ?」


 学生なら上澄みも上澄みだろ。

 俺の記憶では、双葉さんと今回E―14部隊に配属された柿崎くん以外いないと思うんだが? え? それぐらいじゃないと認めないってさすがに鬼畜すぎない?


 再度鼻を鳴らす双葉さんにジト目を向けていると、篝火さんが俺のシャツの裾をくいくいと引っ張ってきた。


「も、百瀬くん大丈夫? 自信はあるって言っていたけど、スコア700はかなり難しいよ? うちの学年でも二人だけ――全国でもそのスコアを超えた学生は十人もいなかったと思うんだけど……」


 俺の耳元で囁くように声を掛けてきた。ゾクゾクする上に胸が腕に当たっております。

 ありがとうございますありがとうござい――まぁ、それはいいとして。


「ちなみにだけど、篝火さんは双葉さんの最高スコアって知ってる?」


 俺も篝火さんと同じように、耳元で囁く。

 すると、篝火さんは身をビクッと震わせた。くすぐったかったかな?


「ひ、ひゃいっ。な、758点ですっ」


 なるほどね――しかしなぜ敬語になった? まぁいいか。

 とりあえず、そのスコアを踏まえた上でゲームを楽しむことにしますか。


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