第31話 これまた瞬殺



 現場に着くと、侵略者は校舎に腕を三本突っ込んでいた。

 おそらく、そこに人がいると判断して、力任せに殴ったのだろう。

 幸い、俺から見た感じその場に人の気配はなく、校舎の裏手は山になっているので人的被害はほぼゼロだったのではないかと思う。


 侵略者は腕の六本ある、奇妙な姿をしていた。

 一つ目の鬼のような顔で、校舎を少し超えるぐらいのビッグサイズ。

 葵たちは対侵略者のシェルターの役割を果たしている体育館に避難しているらしい。

 といっても、相手が危険度SSともなるとそれは紙装甲と言わざるをえないんだよなぁ。


「さっさとケリをつけたいところだが――これは本物のイレギュラーか? それとも人為的なものか?」


 体育館と侵略者の間に着地して、それらしき人影を探す。

 うーん……それっぽいのはいないようだな。

 さすがに危険度SSは霊具でストックできる範囲外なのかもしれない。


 ま、サクッと倒しますか。


 霊力をたんまり込めた白虎で、侵略者の頭に霊弾を撃ち込む。

 危険度Sならばこれで一撃だが……やっぱりSS相手には火力不足なんだよなぁ。

 多少のダメージは与えたが、残念ながらこいつで危険度SSは倒せない。


『お兄ちゃん、大丈夫そう?』


「霊力がきれた状態で殴られたら間違いなく死ぬ。いまのうちに俺に愛をささやいてもいいんだぞ?」


『お兄ちゃん、全力で戦っても一パーセントも減らないんでしょ? 無くならないじゃん』


「だな。というわけで平気です」


『怪我しないでね』


「あー! 葵が『お兄ちゃん大好き』って言ってくれたら無傷で勝てそうな気がするぅ!」


『お兄ちゃん大好きー。はい、頑張ってね』


「めっちゃ棒読みじゃん」


 暢気な会話をしていると、俺の霊弾に怒った侵略者が、勢いよく俺を踏み潰すように足を振り下ろしてきた。日が遮られ、暗くなった場所で俺は笑みを浮かべる。


「軽い軽い」


 それを、俺は左手一本で受け止めた。地面に足が食い込むが、痛みはまったくない。

 それから俺は、単純に吹き飛ばすようにではなく、貫くように素早く、右の拳で足裏を殴った。

 あ、やべ。


「……損害賠償は協会へお願いします」


『お、お兄ちゃん! なんかすごい音と地揺れがしてるんだけど!?』


「あはは……侵略者が校舎側に倒れちゃってさ――すでに半壊です」


『えぇええええっ!?』


 俺、悪くないよね?

 というか、もうこの校舎は建て替えたほうが良いと思う。

 いやむしろ、半壊で留めるよりも、全壊させてしまってから新しい校舎を建ててしまったほうが葵的には嬉しいのではないだろうか?


 綺麗な校舎でニッコニコの葵――見えます!


「お兄ちゃん頑張っちゃうぞ~」


『嫌な予感がするけど……まぁ怪我しない程度にね』


 その葵の返事を聞いてから、俺は起き上がろうとしている侵略者の真上に跳ぶ。

 カミオロシの時に使う技法を使えば、遠距離でもドデカイ槍なりドデカイ剣なりを作ってなんなく倒せるけど、今の俺は死神だからな。銃と物理で勝つ。


 侵略者の顔目がけて白虎の霊弾を連続で放ち、起き上がりを阻止。落下しながら右腕に霊力を集める。余波で体育館を崩壊させたり地面に穴をぶちあけない程度の力に留めて――、


「おらぁっ!」


 拳を振り抜けば、危険度SSランク討伐、完了である。

 それと同時に、校舎は全壊したのだった。

 俺が校舎の建て替えに数年を要することに気付いたのは、そのわずか数分後のことだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 翌日のニュースで、時定高校が紹介されていた。

 綺麗な校舎の写真のあとに、ビフォーアフターの崩壊した学校の映像が流されている。


 協会がきちんと動いてくれたようで、俺の写真や動画はネット上ですら出回っていない状況だった。ありがたい。


 あとは部隊メンバーや柿崎くんが黙ってくれていたらそれでいいのだけど、不思議と昨日は侵略者を倒した十分後ぐらいに『大丈夫だった?』『ご無事ですか?』というメッセージが二人から届いただけで、他の内容は話題に上がらなかったのだ。


 俺が『大丈夫』っていう短文の返信をしたからかもしれないけど……なんだか出勤するのが怖いな。いったいどんな感じで迎えられてしまうのやら。


「……帰りてぇ」


 とぼとぼと勤務隊舎に向かいながら、泣き言を漏らす。

 だって俺がやってることって正体不明のヒーローみたいな感じじゃん。

 俺は妹のためだけに頑張ると決めた私利私欲の塊のような人間なのに、かっこつけたみたいになってそうで嫌だ。率直に言うと、恥ずかしい。


 部隊室の前に辿りつき、そっと扉に耳を当ててみる。

 ――くそっ、そりゃ防音仕様だよなぁ……なんも聞こえねぇ。


「行くか」


 ふう、と息を吐いて、ドアノブを捻る。

 扉を押し開けて、平常心を意識してから「おはよ~」と気の抜けた挨拶をした。


「あ、百瀬くんおはよ~。ちょうどコーヒーが入ったけど、飲む?」


「おはようございます百瀬さん――なにをぼうっと突っ立っているのですか?」


 返ってきたのは、実にいつも通り、というか昨日のことをすっかり忘れてしまったかのようなレベルの返事だった。

 逆に違和感があるんだが。

 扉をきっちり閉めてから、俺は二人に問いかける。


「えっと……なんも聞かないの?」


 同じ部隊の人間が、実は死神でした~なんて言ったら気にならない?

 え? もしかして俺が自意識過剰なだけで、周囲的にはどうでもいいレベルの話だったりするの? それはそれで恥ずかしいんだけど。


「篝火さんや柿崎さんと話して、私たちは何も知らないことにしました。きっとそのほうが、あなたには都合がいいのでしょう?」


「まぁそりゃそうだけど」


「えへへ、百瀬くんならそのほうが嬉しいかなって」


 双葉さん軽くため息を吐きながら、そして篝火さんはニコニコと。

 相変わらず対照的な二人だが、なんと温かいことか。


「だから、あなたがサボったら変わらず副司令官に報告しますのでそのつもりで」


「いや副司令官も知ってるから意味ないんだけど――」


「愚痴ります」


「それはそれで問題ありそうだなぁ!」


 俺のツッコみに、双葉さんはクスクスと笑う。

 面倒なことにはなりそうだが、ツンツンした印象しかなかった彼女の笑顔を見ることができただけでも、良かったと思うことにしようか。



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