第30話 姿を消した意味を
~水霧双葉Side~
百瀬さんが激しい音をたて、土煙を巻き上げて飛び去って行く。
消えたのかと錯覚するほどのスピードで、彼は私の目の前から姿を消した。
百瀬さんが……死神。
ということは、百瀬さんがカミオロシで、私をあの時助けてくれたのは、百瀬さんだった――ってことなの?
「双葉さん、大丈夫?」
私の顔を覗き込みながら、篝火さんが心配そうに尋ねてくる。
返事をする余裕もなく、私はただただ百瀬さんが飛び去った方向を見つめていた。頭の中では、今までの彼の行動――そして、彼はいったいなにを思って、このE-403部隊に入っているのだろう――そんなことばかりを考えていた。
「篝火さん、水霧さん――状況は把握しているかい? 百瀬は――彼はまさか」
そうこうしていると、柿崎さんが、開け放たれたバックドアから顔をのぞかせた。
なぜか急に現れて、危険度Aの侵略者と戦闘をしていたEランク霊装士。
百瀬さんのことといい、柿崎さんのことといい、そして、百瀬さんの正体に勘付いていたであろう篝火さんのことといい……わからないことだらけだ。
「百瀬くんは死神。たぶん、このことを漏らしたら協会が敵に回ってしまうと思うよ」
柿崎さんは私に目を向けていたけれど、代わりに篝火さんが答えてくれた。その言葉で、彼が死神であるという事実を、再認識する。
「あぁ……危険度Sの侵略者を一撃で倒すなんて、それこそ死神かカミオロシぐらいなものだろうね。大丈夫、口外はしないよ」
柿崎さんは篝火さんに目を向けて頷く。そして、そのまま言葉を続けた。
「……こうなってしまった以上、僕のことも話しておいたほうがいいかな。僕は協会から派遣された、Aランクの霊装士だ。君たちや周囲の人間にバレないよう、水霧さんの護衛を依頼されている。――ま、彼がいたならば僕は必要なかっただろうけど――どうやら僕の上司ですら、彼の存在は把握していなかったようだね。まぁ相手が死神なら、仕方ないか」
彼はそう言って、自嘲気味に笑う。
「な、なぜ私の護衛を?」
「それは君が、自覚しているよりもずっと優秀な人材だからさ。霊力はまだ成長途中だろうけど、対象を凍らせる水霧さんの霊具は強力だからね。霊装強度もすぐに十へ到達するだろうし、いずれ僕も抜かれてしまうだろう。協会としては、君を失うわけにはいかないのさ」
だとしても、一言くらい言ってくれても良かったんじゃ。
そんなことを考えていると、篝火さんが「なぜ水霧さん本人も知らないんですか?」と、私の代わりに聞いてくれた。
「理由の一つは彼女が拒否したとしても、護衛は必要だから。そしてもう一つは、彼女が知ることで僕が護衛しているという事実が漏えいする可能性があったからだね。こうして危険度Aと戦ってしまったということもあるし、なにより彼が近くにいるなら僕はもうお役御免だろう」
彼はその後に「死神より優秀なボディガードがいるなら、連れてきてほしいものだね」と笑った。
私は、どうやら柿崎さんに影ながら守られていたらしい。
百瀬さんに関しては、どうなのだろう? 彼もまた、私を守るためにこの部隊にいたのだろうか? だとしたら、私が彼にやってきたことは。
知らなかったとはいえ、かなりひどいことを言っていた気がする……どうしよう、もし百瀬さんに嫌われてしまったら――ってなんで私があの馬鹿の気持ちを考えなきゃいけないのよ! でも彼はカミオロシだし。
ごちゃごちゃになった頭の中身を必死に整理しようと試みるが、整理整頓されたところで見えてくるモノは目を瞑りたくなる事実。
「……もうやだ」
久しぶりに、弱音を吐いてしまった。緊張の糸が途切れてしまったのかもしれない。
そして、
「――っ!? そ、それでかぁ」
不意に篝火さんがスマートフォンに目を向けながら、そんな言葉を口にした。
「時定高校――百瀬くんの妹さんがいる高校のグラウンドに、危険度SSの侵略者が出現したっていう通知がきたよ」
どうやら百瀬さんがこの場を離脱したのは、その侵略者を討伐に向かったかららしい。
一億人よりも妹を優先する――そう百瀬さんは言っていた。
そんな彼が、この場にいる侵略者を倒して現場に向かったことだけでも、幸運だったと思うべきなのかもしれない。
「危険度SSかぁ――僕には手出しができないだろうね」
「Aランクの霊装士でも、やはり難しいですか?」
気になったので、聞いてみる。
Eランク霊装士である私が危険度Cのイレギュラーを倒したように、柿崎さんのようなAランク霊装士でも、対応できるものはいるのではないかと思ったからだ。
「無理だね。Sランク霊装士を最低でも五人は集めないと――死神が危険度SSを倒したっていう情報は聞いたことがないから、お手並み拝見と行きたいところ――だれか撮影でもしてくれていたらいいけど」
「百瀬くんってバレるようなモノだったら、協会が隠蔽するんじゃない?」
「だよねぇ。僕にも見せてくれないかなぁ」
やれやれと言ったように、肩をすくめる柿崎さん。
もうやることは終わったといった雰囲気だ。
離れた場所では危険度SSの侵略者が暴れているかもしれないというのに。
それはきっと死神への信頼の表れなのだろうけど……本当にそれでいいのかな?
死神がいるから大丈夫。
きっと死神がなんとかしてくれる。
そんな風に考えてしまったら、いったい彼はどれほどの重責を背負ってしまうことになるのだろう。
彼が正体を隠す意味を、カミオロシが姿を消した意味を――私はこの時ようやく理解した。
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