第29話 瞬殺
水霧副司令官からの電話で状況が変わった。
俺はこの場から即刻離脱せねばならず、なおかつ双葉さんを死なせてはならない。
『周囲に他の霊装士はいません。柿崎くんに関してもご心配なく』
「――了解」
返事をして、通話を終了させる。
水霧副司令官からの声は二人に聞こえなかったらしく、双葉さんも篝火さんも困惑した表情で俺を見ていた。
「悪いな」
力を偽っていたこと。
そしてこれから先の人生で、気軽に話すことのできない秘密を抱えたまま生きてもらうこと。
例え力があろうとも、同じエリアの仲間を見殺しにするような人間であるということ。
色々な意味を含めて、俺は二人に謝罪の言葉を口にした。
二人の返事を待たずして、俺は立ち上がり、胸ポケットから白の霊銃――白虎を取り出した。バックドアを開き、危険度Sの侵略者に向けて霊銃を構える。
霊力を込めると、何かが高速で回転するような、そんな甲高い音が鳴りはじめ、霊銃が白く輝く。
「――な、なぜあなたがそれを!?」
双葉さんは目を見開き、驚きの声をあげる。
そして篝火さん――彼女は俺のことを心配そうな目で見ていた。
やっぱり、彼女はなんとなく気付いていたのだろうか? どうやって気付いたのかは知らないが、もしかしたらどこかで情報を手に入れたのかもしれない。そのあたり、後で確認しておこう。
「頼むから、他に漏らすようなことはしないでくれよ」
そう言って、大量の霊力を込めた弾丸を放つ。
銃口から放たれた弾丸は相手に到着するまでに膨れ上がり、侵略者の頭部をまるまる吹き飛ばした。霊力でできた身体は霧散し、ガラガラと手足だけが地面に転がる。
「う、うそでしょ……百瀬さんが、死神……?」
「い、一撃なんだ」
感想を口から零す二人はいったん放置して、俺は素早く柿崎くんの元へ。
走る――跳ぶ――蹴る。
単純な三つの動作でまず一匹を撃破。電話が来てからここに至るまで、だいたい十秒といったところだろうか。
柿崎くんも多少傷は負ったようだが、大きな怪我はなかったようだ。タイミングが良かったのか悪かったのか、難しいところだな。
「詳しくはのちほど」
顎が外れそうなぐらい口を開けている柿崎くんに対し、俺はそんな気の抜けた言葉を述べる。そして、こちらに前足を振り下ろしてきた霊獣の爪を片手で受け止め、跳びあがりながら顎に一撃。
二匹の侵略者が消えていくのを視界に入れつつ、篝火さんの元へ走る。
彼女は俺のことに気付いていた節があり、なおかつ黙っていてくれたから、双葉さんと柿崎くんへの説明と口止めを頼んでおこうと思ったのだ。
高機動車の前に到着したタイミングで、陽気で軽快な音楽が胸ポケットから流れ始めた。
「もしもし、葵か?」
『うん! お兄ちゃん、学校のグラウンドにすごく大きい、たぶん、危険度SSぐらいの侵略者が来て――』
「一分で行く。それまでなんとか無事でいてくれ」
『……ごめんね』
「謝ることはないさ。連絡してくれてありがとな――通話は繋げたままにしておくから、何かあったらすぐに言ってくれ」
『わかった』
葵の返事を確認してからスマホを内ポケットに入れる。
そして開け放たれたバックドアから、後部座席にそのままの状態で座っている二人に向けて俺は声を掛けた。
「危険度SSのイレギュラーが発生したようだ。俺はこれから現地に向かう――篝火さんは俺がもう何なのか、わかってるんだよな?」
「うん……百瀬くんは死神、だよね?」
やはり、知っていたらしい。
「そうだ、黙っていてくれてありがとな。双葉さんも悪いけど、俺のことは黙っていてほしい。もしできないなら、相応の対処をしなければならなくなるから」
「だ、黙っています!」
双葉さんはあからさまに動揺した様子だ。戦闘を間近で見てアドレナリンでも出ているのか、やけに顔が赤い。
それはいいとして。
「悪いけど、柿崎くんへの口止めも頼む。じゃあ俺は急ぐから――「百瀬くん!」――ん?」
そう言って俺が二人に背を向けようとしたところで、篝火さんが声を掛けてきた。彼女はごそごそと運転席の下を漁り、何か黒い布のような物を手渡してくる。
広げてみると。それは黒のマント、そして、ドクロのお面だった。
「何かあった時、これがあったら助かるかと思って」
いやもう本当に助かるわ。霊装士の服を脱いで、内側のシャツを顔に巻いて誤魔化そうとか考えていたからな。助けたとしても、顔バレしたら葵に怒られそうだし。
さすがに霊装士として活動中に車に忍ばせていたら、二人にバレる危険があったからできなかったが……これからはそれも可能ってことか。随分と楽になりそうだ。
羽織っていた紺色のコートを車の後部座席に放り投げ、代わりに黒のマントを羽織る。
ドクロのお面を身に着けて、準備完了だ。いつも使っているものとは少し違うけど、まぁ問題ない範囲だろう。
ではさっそく、妹を助けに行くとしようか。
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