第28話 緊急連絡
柿崎くんと別れてから、俺たちはそのまま次の現場に向かった。
時刻は午後の四時半――ここが本日最後の現場になる予定である。双葉さんが妙な張り切りを見せないよう、できるだけ時間を掛けて倒したいところだ。今回は危険度Dだし、Eよりは長持ちしてくれそうである。
「何か考えごと?」
ぼうっと車の窓から外を見ていると、篝火さんが声を掛けてきた。
「少なくとも五分前には戦闘に集中できるようにしてほしいものです」
篝火さんに続き、双葉さんも口を開く。
高機動車の後部席。その場所に現在は三人で固まって座っていた。
片側に俺、向かいの椅子に篝火さんと双葉さんが二人並んで座っている。
同じ車内に収まっているだけ、初期と比べるとかなり仲良くなったかな。
この調子で一年過ごせば、双葉さんも副司令官へ交代を要請せずに、このままやっていくこともできるんじゃないだろうか。
「冷蔵庫に何があったかなぁって考えてた」
「あからさまな嘘ですね」
双葉さんはジト目を向け、篝火さんはクスクス笑った。
二人とも嘘だとわかっていながら、反応は対照的だ。面白い。
「まぁまぁ。時間はまだ三十分以上あるんだから、今ぐらいのんびりしていても問題ないだろ。いまから気を張ってたら、本番の頃には疲れ切っちゃうぞ」
「そうだね。危険度Dも初めてじゃないし」
「その油断が命にならないようにしてくださいね」
双葉さんはやれやれと言った様子だけど、そこまでキツイ印象はない。やはり、少しずつ心を許してくれているのかもしれない。
会話が途切れて、沈黙が訪れる。あまり気まずく感じなくなったあたり、俺もこの二人に心を許し始めているのだろうか。
そんな時――、
「っ!? おいおいマジか」
「そ、そんな……イレギュラーが、三体……?」
車の後方に一匹、右前方に一匹、左前方に一匹。
先日倒した危険度Cよりも数倍大きく凶悪な侵略者――おそらく危険度AとSレベルが、俺たちを取り囲むように現れた。前方にいる、体高八メートルはある四足歩行の二匹は危険度A。後方の身長十五メートルを超える二足歩行の侵略者一匹が危険度Sだなぁ。
霊玉ではなく、ワープホールから出現したことから考えるとイレギュラーなのだけど、こうも攻撃的な配置をされるとさすがに偶発的なものだとは考え難い。
さて、どうしたもんか……距離はまだ離れているが、これはやられたなぁ。
「双葉さんって危険度Aの相手できたりしない?」
窓の外を見て呆然としている双葉さんに問う。彼女は俺を見て、そして篝火さんを見てゆっくりと立ち上がった。
「お二人は、道路を車で抜けてください――私が時間を稼ぎます」
「いやいや双葉さんアホなの? そんなことしたって全員死ぬ未来しかないだろ」
現在の双葉さんは、危険度Cの相手もまともにできるかどうか……これが今日の一発目の討伐で、彼女の霊力がたんまり残っていれば、危険度Bでも相手にできたかもしれないけど。
どちらにせよ、危険度Aに対しては足止めもまともにできないだろう。
地面を揺らしながら迫ってくる三匹を見て、困ったなぁと考えていると、なんだか聞き覚えのある「おいっ!」という叫び声が聞こえてきた。
「何をのんびりしている!? 速く二人を連れて逃げるんだ百瀬!」
そしてその声の主は、右前方にいたドデカイ侵略者に向かって霊弾を放ちつつ、左前方の敵に向かって走っていく。
「えぇ……? 柿崎くん?」
その人物は、E-402部隊に所属している、柿崎くんだった。
俺はてっきり彼がイレギュラー発生の関係者の可能性を考えていたんだけど……なんで助けてくれるんだ? え、本当になんで?
「よし、柿崎くんに任せて俺たちは逃げよう」
なんか助けてくれるみたいだし、いいよね?
柿崎くんの実力は知らないけど、霊装強度はなぜか八ぐらいありそうだし、A級の相手もS級の足止めも、なんとかなるような気もする。
ここで俺の存在がバレてしまったら――また世界から孤立するようになってしまったら、それを家族にも強制してしまう形になる。
妹の幸せのためになら、他人の命など天秤にかけるまでもない。
「百瀬くん……」
篝火さんが、何かを言いたげに声を掛けてくる。
もしかしたら、彼女は俺の正体に勘付いているのかもしれない。俺ならこの状況をどうにかできるのかもしれないと、そう思っているのかもしれない。
だが、ダメだ。
何の為に同じ世界を繰り返したのか。
何の為にいままで歯を食いしばって他人を見殺しにしてきたのか。
何の為に俺は戦っているのか。
忘れてはならない――否。忘れようにも、忘れられない。
「……私は残ります。なぜEランクの彼があそこまで戦えるのかはわかりませんが、私でも壁になることぐらいはできます」
「お前じゃ足手まといにしかならないぞ」
「――っ、しかし! このままでは彼は死んでしまいます!」
柿崎くんは危険度Aの二対と同時に戦っているが、双葉さんの言う通り、このままだと死にそうだ。
だからと言って双葉さんに『じゃあ降りろ』とは言えないんだよなぁ。
水霧副司令官との約束があるから、双葉さんをここに残しておくわけにはいかない。
というか、後ろから危険度Sの侵略者がきているから、そろそろ車を出さないと俺たちも危ないんだよ。
「篝火さん、双葉さんのことは無視して、車を出そう。このままじゃ危険だ」
俺は双葉さんが逃げないように細い二の腕を握り、篝火さんに言う。
「……これも、妹さんのためなの?」
篝火さんの問いかけに頷こうとしたところで、俺の持つスマホがけたたましい音を上げた。水霧副司令官からの、緊急連絡である。
どうせこのイレギュラー三体に関してのものだろう――そう思いながら、スマホを耳に当てる。
「もしもし? こっちはいま忙し――」
『緊急。妹さんの通う時定高校のグラウンドに危険度SSのイレギュラーが発生しました。そちらに現れた三体のイレギュラーを掃討し、ただちに現地へ向かってください』
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