第27話 君は、何者?
うーむ……人為的なイレギュラーか。
副司令官によると、人為的な発生だと思われる場所では、必ず怪しい人物の目撃情報があるとのこと。それに加えて、一般人ではなく、霊装士を狙ったものが多いという理由だった。
そして、『霊装士が現場に向かわざるを得ない状況』を狙っているのではないかという予想だった。
となると、もしかしたら先日の双葉さんが倒したイレギュラーも、警官ではなく俺たちを狙ったものだったのではないかということまで考えてしまう。
さすがに、それは考えすぎかもしれないが。
「
夕食を終えたところで、葵に聞いてみる。
もしこれで『よく発生してるよ~』なんて返事が返って来たら、副司令官室と協会本部に殴り込みに行かなければならない。そう言う情報はいちはやく俺に渡してくれとお願いしているし。
というか、そもそも俺が勤務している場所と葵の通っている学校はそう離れた場所にあるわけではないので、副司令官からの連絡が来なくとも、なにかあったら篝火さんが教えてくれるだろう。
「ん? 全然ないよ? どうして?」
「なんか近頃人為的なイレギュラーが発生しているらしくてなぁ。あ、いちおうこれオフレコな? 葵の学校当たりで発生していたら、俺も勤務体制を見直そうと思って」
ちらほらと発生しだしたら、長期休暇をもらうか、退職を検討しなければならない。
霊装士という仕事も、結局は葵が平和に暮らすための土台作りのようなものだし、葵が危険にさらされている状態でやるような仕事ではない。
「もしなにかあったらすぐに連絡するから大丈夫だよ。ただ、ちゃんと変装してから来なきゃダメだよ?」
「時と場合による」
「ダメ。じゃないと連絡しないから」
「確実に変装してきます」
黒い目だし帽だけでも持ち歩いていたほうがいいかもしれない。
例え霊装士の誰かだとバレたとしても、霊装士の制服はコートのおかげで身体のラインがほとんどわからないような仕様だから、なんとかごまかしがききそうだし。
目撃者を脅して口止めするなんてことは、あまりやりたくないからな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
それから数日が経過したけど、俺の周囲に人為的イレギュラーだと断定できるような事象は発生しなかった。
協会の上層部の妄想か何かだったんじゃないだろうか――侵略者と戦闘をしながら、そんなことを考えていると、背中に視線を感じた。
振り返り、確認してみると建物の裏に隠れる人影が見えた。
「…………ふむ」
俺の見間違いでなかれば、あれはおそらくE-402部隊の柿崎くんである。
彼の所属するE-402部隊は本日休暇のはずだが、なぜ荒廃地区にいるのだろうか。
しかし柿崎くん……か。
彼じゃなければ『前日に落とし物でもしたのだろうか』と考えていたところだけど、最近の柿崎くんは少し怪しく見えているので、単純な方向には考えにくい。
「何しに来たんだ?」
考えながら、小声で言葉を漏らす。それと同時、俺は双葉さんが侵略者に攻撃して退いた瞬間に、追撃の霊弾を六発放つ。双葉さんはなぜか俺を見て呆れたようなため息を吐いていた。
そういえば前に、彼は俺に『せいぜいイレギュラーに気を付けるんだな』みたいなことを言っていたな。
それも、俺が水霧副司令官に情報を伝えられるよりも前に。
イレギュラーに気を付けるのは霊装士だけに関わらず、人類にとっての共通認識であると思うのだけど、例の話があったことを考えると、どうも彼の発言が意味ありげに覚えてくる。
もしかして、彼はすでにそれを知っていた? いったいなぜEランク霊装士が、機密情報を……?
「念のため、確認しておくか」
双葉さんが侵略者にとどめを刺したタイミングで、俺は軽い霊装を展開したまま、彼が消えた方向へ走る。距離にしてだいたい百メートルほど。適当な霊装とはいえ、距離を詰めるのには数秒あれば事足りた。
やがて、建物の裏手に回ると、建物の壁に背を預ける柿崎くんを見つけた。
彼は勢い余って壁に着地する俺と目が合うと、目をまん丸に見開く。
「――な、なっ!?」
「柿崎くんさ、なんで俺たちのことを付け回してんの? 休日も俺たちのことストーキングしてなかった?」
たまたまだと言われたらそれまでなのだけど、こうも偶然が重なると疑ってしまうのも仕方がないことだと思う。
ただ、彼がスパイだとかそういう人種ではないと思っているから、俺もまたあまり深く考えていなかったのだ。あまりにも、尾行がおそまつすぎる。
「やっぱり、双葉さんのことが好きなんじゃ……」
地面に着地して俺の予想を口にすると、彼は俺を軽蔑するような目で見てきた。
できればそんな下世話な話しであってほしいと思っていたけど、違うようなので、単刀直入に聞くことにしよう。
「柿崎くんってさ、何者?」
俺の問いかけに対し、柿崎くんは鼻で笑う。
「むしろその質問は、君がされるべきじゃないかな――百瀬千景くん。君のことを調べようとすると、どこからか必ず邪魔が入る。個人情報のセキュリティも、これでもかというほどに万全だ。あぁちなみに、水霧副司令官に交代を掛け合っても、まったく相手にされなかったよ。これも、君の思惑通りかい?」
「個人情報がそう簡単に漏れたら問題だろ。というか、妹の双葉さんだって交代を希望していたんだから、柿崎くんが相手にされなくても当然と言えば当然だろ?」
俺の回答を受けて、柿崎くんは肩をすくめる。
そして、俺に後ろを見るように目配せしてきた。
「あれ? 柿崎さんがなぜここに?」
「あ、ちょ、直接お話するのは初めて、だよね? 同じ学校を卒業した、篝火です」
振り向いてみると、そこにはやや驚いた顔の双葉さん、そして人見知りを発動した篝火さんがいた。そういえば彼女たちのことを放置していたな。
「急に走り出したからサボり欲求が爆発したのかと思いました」
どんだけ欲求不満なんだよ俺は。
しかし、彼女たちが来てしまったから、このまま追及するのも気が引けるな。ストーキングに関しては、あくまでも推測の域をでないのだし。
「昨日の勤務の時に忘れ物をしたみたいでね、それを探しに来ていたんだ。もう荷物は見つけたから、僕はこれで退散するよ」
そう言ってから、柿崎くんは踵を返して立ち去っていく。
一瞬目が合った時、まるで『逃がさないぞ』と言っているかのような瞳をしていた。
それはこっちの台詞だっての。
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