カミオロシの贖罪~幾たび同じ時を繰り返し、滅亡を防いだ救世主。正体を隠して『普通』を演じる。

心音ゆるり

第1話 救世主=死神?



 救世主は死神という側面を持っていると、俺は思う。


 救える力を持つということは、すなわち生と死を選択できるということだ。

 ある者を救えば救世主と呼ばれ、ある者を助けなければ『見殺しにした』と嘆かれる。

 だから俺には救世主という存在が、人の生死を握る死神のように思えた。


「救世主か……」


 一生を通しても関わることのない人を救うために自分の人生を犠牲にするなんて、バカげているとしか思えない。

 そんな綺麗事よりも、承認欲求だとか自己顕示欲と言われたほうがまだ納得できる。


『あの事件から、もう三年も経ったんですねぇ。今後再びこのような事件が起きれば、また救世主【カミオロシ】は現れてくれるのでしょうか』


 テレビに映る女性のアナウンサーがそう口にすると、テレビには三年前の映像が流れ始めた。

 高さ五十メートルほどのサイズで、紫色で半透明の異形のバケモノ。

 法規制をやぶってまでカメラに収めようとする多数のドローンの中心で、侵略者ヴェノベーターと呼ばれる二足の生物は、天に向かって大地を揺らすほどの咆哮をした。


 世界を滅ぼすとまで言われたその巨大な侵略者――人類は滅びを待つしかないとまで言われたそのバケモノは、


『本当に、彼はいったい何処に消えてしまったのでしょうか』


 一瞬にして縦と横――十字を切るように切断された。

 白いフード付きのマントと真っ白のお面を身に付け、その身に神の力を降ろしたとまで言われる、たった一人の人間に。


 女性アナウンサーの言葉に、大学教授という肩書のおっさんは口の端を釣り上げる。

 おっさんは椅子に座る態度も踏ん反り返っているし、なんだか嫌な雰囲気だ。


『もしカミオロシが今も生きているのなら、怠慢という言葉を使わずにはいられませんな。あの者が責務を果たせば、世界の侵略者による死者数を半数以上に減らすことができたでしょう』


 肩をすくめるおっさんに、女性アナウンサーは苦い表情を浮かべた。


『えっと、それはそうかもしれませんが、彼に責任とかは――』


『力を持つ者の責任という奴ですよ! はっはっは――』


 おっさんの笑い声はプツ――と言う音と共に消える。

 真っ黒な画面に、ぼけーっとした顔の俺と、ご不満な様子の妹が映った。


「お兄ちゃん、今日は霊装士として初出勤の日でしょ? のんびりテレビなんか見ていたら遅刻しちゃうよ!」


 腰に手をあててプンスカと怒る妹のあおいは、リモコンを雑にテーブルに置くとミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを口に含む。

 相変わらず君は甘いの好きだねぇ。


「そうは言っても、俺まだコーヒー飲み終わってないんだけど」


 今はまだ八時前。

 朝食を食べ終わって、葵と仲良く――それはもうとてつもなく仲良くコーヒータイムを楽しむ時間ぐらい残されているはずだ。


 それにこちとら遅刻や欠席により、一年で卒業可能な霊装士養成校に二年通った猛者である。まぁ留年というやつですね。

 つまりなにが言いたいのかと言うと、遅刻で怒られることには慣れっこなのだ。

 まぁ、そんなことをするつもりはないのだけど。


「ほら立って。制服チェックしてあげるから!」


「えぇ……それぐらい自分でできるよ」


「ダメ」


 断固拒否の姿勢だった。でも可愛いから従おう。

 基本的に妹様の言いなりである俺は、素直に立ち上がって天井を見上げる。

 なんだか新婚の嫁に、ネクタイをチェックされているような気分だ。無論、十八歳になったばかりの俺にそんな経験はないし、そもそも霊装士の制服にネクタイはない。


 真っ黒なシャツに真っ黒のパンツ。その上に濃い紺色のコートを羽織るというものが、霊装士としての標準装備だ。

 夏場はきっと暑さで死ぬ。半そで短パンとかで良いじゃない。


「ん、ちゃんとしてるね」


「だろ? お兄ちゃんかっこいい?」


「はいはいかっこいいかっこいい」


 二回言うということは、つまり大事な事なので二回言ったと捉えていいのだろうか? いいことにしよう。

 それはさておき。


「俺もそうだけど、葵も今日入学式だろ? 準備はいいのか?」


「もう終わってるもーん」


 葵は俺と違って一般の公立校に通うことになっている。

 彼女の通う学校が俺の職場と近いので、兄妹仲良く二人暮らしをしているという感じだ。

 ちなみに両親も近くに住んでいるのだけど、親父には親父の仕事があるので住居を別にしている。


「さて、と」


 コーヒーを飲みほして、コップを流し台に持っていく。

 可能ならば一日中のんびりしていたいところだけど、そうもいかないからなぁ。

 葵も空になったコップを「お願い」と可愛らしく言って持ってきたので、二つまとめて洗って伏せて置いた。


 そこで、


「……お兄ちゃんは、でいいんだからね?」


 葵は俺の背中に両手を当てて、そんな言葉を掛けてくる。

 テレビを切ったせいで他に音がないから、静かな声なのにやけにはっきりと聞こえた。


 ……しんみりとした空気は、苦手なんだよな。


「それは留年を経験した俺への攻撃としてみなしてよろしいか?」


「よろしくないよもーっ!」


 葵には、ずっと笑っていてほしいものだ。




~~~~作者あとがき~~~~


明日からしばらくは毎日投稿頑張ります!

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