第19話 不穏な提案
三人で休日を過ごした翌日。
あのスイーツ店で話した後は、当然ながらショッピングをする空気ではなかったのだけど、篝火さんがなんとかこの雰囲気を払拭しようと思ったのか、予定通りに進むことになった。
意外と俺の言った服の意見は二人に好評だったし、少しは平穏な空気になれたのではないかと思う。篝火さんにはまた借りができてしまったかもしれない。
どちらにせよ、メンバーとして一緒に過ごさなければならないのは確定しているので、お出かけ作戦は成功だったということだろう。
それはいいのだけど。
「明日、おうちにお邪魔させてください」
この変わりようはおかしくない? いや、どうしてそうなった?
マイナス百からマイナス九十ぐらいにまで好感度調整はできたのかもしれないけど、プラス域のイベントが起きるのはおかしい。まだ『今度おうちを燃やさせてください』とか言われたほうがしっくりくる。もちろんそんなことはされたくないが。
「どうしてそうなった?」
思ったままの言葉を口にした。すると彼女は部隊室の入り口で棒立ちになっている俺を室内に招き入れ、ソファに座るように促す。なんだか地獄に招待されているような気がして足を動かしたくない。でも無視するわけにもいかないし、従った。
腰を下ろしたところで、双葉さんは再度口を開く。
「部隊の結束を深めるために、百瀬さんとの交流は必要だと感じました」
「部隊室でいいだろ」
「可能であれば、あなたが一億人の命以上に大切にしている妹さんと、一度会ってみたいのです。そして、一度話してみたいです」
「あぁ、そういう感じ」
うわぁ……もしかしなくとも、俺は余計なことを言ってしまったかもしれない。
だけどこれまでの俺と双葉さんの関係から考えて、この流れを誰が予想できただろうか。誰もできまい。
というか俺の妹と話していったい何がわかるというのか。いや、他に手が思い浮かばなかったのか。もしくは、誰かの提案か。
「で、でも謹慎期間中とはいえ、部隊室にはこないといけないよ?」
篝火さんが、おどおどとした口調で言ってくる。
――が、その言葉も予想済だったらしく、双葉さんは即座に答えた。
「来週の休みを持ってきます。むしろ、そうしたほうが来週侵略者討伐を行える日数が増えますので、効率的です。幸い、明日は日曜日ですので、妹さんもご在宅ではないでしょうか?」
「まぁ家にはいると思うけど――ちょっと待ってくれ。妹に聞いてみるから」
そう言ってから俺は、妹宛に『明日、部隊の人を家に呼んでもいいか?』と聞いてみた。
すると、十秒もしないうちに『どっちの人が来たいって言ったの? オペレーター? それともルール違反の人?』という返事が返ってきた。
当然のように、俺から誘ったという選択肢はなかった。よく俺のことをわかっていらっしゃる。
『ルール違反のほう』
『ふーん……昨日遊びに行ったみたいだけど、めちゃくちゃ仲良くなったわけじゃないんでしょ?』
『まぁ仲良くはないな。葵を大切にしてるって話をしたら、どうやら葵に会ってみたくなったみたいでさ』
そこまで送ると、一旦返信が途絶える。顔を上げると、篝火さんも双葉さんもそわそわした雰囲気で俺のことを見ていた。
「百瀬くん、どうだった? お家大丈夫そう?」
「返信待ち。双葉さんが『会ってみたい』って言ってるって伝えたとこだよ」
双葉さんの要求は妹に会ってみたいってことだからなぁ。
家に招くだけだったら妹のいない時間帯を選ぶこともできたし、簡単だったのだけど。
「無理はしないで大丈夫ですので……」
「なんで急に勢いを無くしてるんだ?」
「だ、だって百瀬さんの妹さんと私は関わりがないですし、知らない人からいきなり話したいと言われたら困るのではないかと、今になって気付きました。それに、他のご家族のかたの都合もありますし」
俺にもそれぐらい遠慮の気持ちを持ってくれないかなぁ……無理だろうなぁ。
ひとまず、現在両親は仕事の都合で別居していること、そして妹と二人暮らしをしていることを伝えた。
あからさまに安堵している双葉さんをみてため息を吐いていると、スマホが再度震える。
『わかった。私もその人と二人で話させて』
なぜか乗り気――というか、絶対なにか企んでいるよなぁ。
この前なんか葵は双葉さんのことを『その女』呼ばわりしていたし。
交流を深めたいから話してみたい――なんてポジティブな考えではないことがわかる。
――が、ここで俺が葵の申し出を拒否してしまえば、俺がなにか隠し事をしているみたいだしなぁ。乗るしかないんだよな。
『何か企んでる?』と率直に聞いてみた。すると、
『お兄ちゃんは私が守るから大丈夫だよ』
葵はイエスともノーとも言わず、強い意志を感じる文面を送ってくる。
双葉さんに変なことを言って、今以上に関係が悪化しないことを祈っておこう。
「大丈夫だってさ」
二人で話したい――と葵が言っていたことは、別に言う必要はあるまい。
まぁこれで俺の家を使う条件はクリアしたとして――だ。
「妹に会うのはいいけどさ、俺の家に遊び道具なんてものはないぞ? そもそも女子を家に呼んだことなんてないから、何をすればいいのかわからん」
「友達と遊ぶ時とかはなにしてたの? お外で遊んだり?」
「あー……まぁ、そんな感じ」
小学校のころは友人らしい友人もいたけど、深い関わりがあったわけでもないし、疎遠になってしまった。というか、そいつらに最後に会ったのは今の俺にとって遠い昔の話だし、どんなことをして遊んでいたかも正直覚えていない。
冷静に考えてみれば、俺って百年以上友達がいない状態なんだよなぁ。
「長居するつもりはありませんので、ご心配なく」
「も、もしよかったら、卒業アルバムとかみたいなぁ」
対照的すぎる二人の反応に、俺は思わず苦笑してしまった。
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