第18話 真面目≠サボり魔



 いやいやちょっと待て。

 俺が白いマントと白い仮面という姿で――カミオロシとして表に姿を現したのは今から三年前――十五歳の時だけだ。それ以前は、カミオロシなんてやつはいなかったし、そんな話は聞いたこともない。


 その時期から死神として犯罪者やテロ組織とか潰して回ったりはしたけど、しっかりと黒いマントにドクロのお面を装着していた。

となると――やっぱり別人か?


「え!? カミオロシって、その頃からいたの!?」


「声を小さくしてください――周りに話しても『他人じゃないか?』と信じてもらえなかったのですが、私は確信を持って言えます。あの方は、カミオロシ本人です」


 その確信、間違ってるんじゃないかなぁ。

 だってカミオロシである俺が違うと思っているんだから。

 もしかしたら、その誰かさんのファッションを知らないうちにパクっちゃったのかも、俺。


 そいつは今何をしているんだろうなぁ――と考えていると、ずっと篝火さんに目を向けていた双葉さんが、俺を見ていることに気付いた。


「私は、誰にも話したことのない秘密を話しました。まだ、言いたくないですか?」


「うっわ、きたねぇ」


 自分が無理やり話してからって、それをダシにして聞いてくるのは反則だろ。


「なんと言われおうと結構です。あなたが学校以外のどこでその射撃の技術を身に付けたのかとか、どれほどの霊力を持っているのかは、聞かないであげます。ですが、霊装士になった理由ぐらい、教えられませんか? 私に人を助ける理由を問いただしたあなたの、真意を聞かせてください」


 真意を聞かせてください――ときたか。

 というかやはり、以前の『人を助ける理由は必要だ』という話が双葉さんのなかで引っかかっていたらしい。


 さきほどと同じように、適当なことを口にしてもいいんだけど……まぁこれぐらいはいいか。年長者の面倒な話を聞かせてやるとしよう。


「例えば、お前の姉や家族と、見知らぬ他人一億人――どちらかしか助けられないとしたら、どうする? さぁ、時間は五秒だ。五、四、三――」


「そ、そんなの選べません」


 まぁ普通はそうだよ。そんなの、選べない。それが一般人だ。

 ただ、彼女は一般人とは違う立場にいることを、もっと自覚しないといけない。生死を選ぶ立場にいるということを、知っておかなければならない。


「というわけで、選べなかった双葉さんは、両者を見殺しにしましたとさ」


 肩をすくめてそう言うと、双葉さんはいままで見たことのないような形相で俺を睨む。まぁかなりひどい選択肢だったからな。

 篝火さんも、つらそうな表情で下を向いていた。


「理由がないからそういうことになるんだよ。いざという時のために、答えは用意しておいたほうがいい。迷う時間を短縮できる。あとは、自分の心を守るための保険みたいなもんだ」


「保険、ですか?」


 疑問を口にする双葉さんに対し、「そう」と短く返答する。


「例えば、双葉さんが家族を選択したとしよう。理由もなく、ただなんとなくで選択していたら、あとになって『一億人を選ぶべきだったんじゃないか』って悩むことになる。そして、きっと悩みに悩んで、心が壊れてしまう」


「後悔しないために――ということですか?」


「まぁそういうことだな」


 答えて、残りわずかになったコーヒーを飲む。

 いつの間にか双葉さんも篝火さんも、怒るでもなく、悲しむでもなく、表情が真面目なものに代わっていた。俺のつまらない話を、しっかりと聞いてくれたらしい。

 やがて、双葉さんが再度口を開いた。


「では、百瀬さんに問います。妹さんと他人一億人、どちらを選び――「妹だ」――え?」


「俺が選ぶのは、妹だよ。これで満足か?」


 問いかけたつもりだったのだけど、双葉さんも篝火さんも、しばらくポカンとした表情で固まってしまうのだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



~水霧双葉Side~


 部隊のメンバーで外出し、帰宅。

 元々友達と遊ぶことも少なかったし、ましてやそこに異性がいたことなんてなかったから、少し緊張した。相手が一ミリも尊敬に値しない百瀬さんという不真面目な人でなければ、もっと緊張していたことだろう。


 篝火さんと少し打ち解けられただけでも、この外出には意味があったと思う。

 あの馬鹿が変な事を話し始めたから、変な雰囲気にはなってしまったけど。


「ごちそうさま」


 姉が手を合わせて、食後の挨拶を口にする。

 めずらしく姉が早い時間から家に帰ってきていたので、私たちは二人で揃って夕食を食べた。本当は姉も休みのはずだが、やはり副司令官とだけあって仕事は忙しいのだろう。


「今日は部隊のメンバーで出かけていたんでしょ? 楽しかった?」


 楽しかったか――そう聞かれて、言葉がすぐに出てこなかった。

 楽しくもあったけど、そうでないとも言える。百瀬さんがいなかったら、たぶん楽しかった。


「……お姉ちゃんは、私と一億人どちらか選ぶとしたら、どっちを選ぶ?」


 私は会話の脈略を無視して、そんな質問を投げかけた。心の中で、五秒のカウントを開始する。しかし、


「一億人を選ぶわ。副司令官というのは、そういう仕事よ」


 カウントするまでもなく、姉は即座に回答した。

 その答えに、悲しい感情が出てこなかったと言えばうそになる。

 選ぶべきではないとわかっていても、選んでほしかったという、悲しい願いが胸に残る。

 そうだよね、とこぼす私に対し、姉はあっけらかんとした口調で言葉を続けた。


「でもって、双葉のことはめちゃくちゃ強くて信頼できる人に助けてもらう」


「え、えぇ? それはズルでしょ」


「ズルでもなんでもいいのよ。誰に恨まれたとしても、守りたいものは全部守るわ。それが例えルール違反だったとしてもね。だからさっきの正確な回答は『両方助ける』かしら」


 パチンと綺麗なウインクをして、姉は缶ビールを呷る。

 今の発言、外部に聞かれたら大変なことになるんだろうなぁ。嬉しいけど、聞かなかったことにしよう。

 私もそんな回答をしておけば、あいつを不機嫌な顔にさせることができたのだろうか。


「ねぇ、百瀬千景って人いるじゃん。私の部隊に」


 私が切り出すと、姉は一瞬キョトンとした顔になったが、すぐにニコニコとした笑みに変わる。なにか企んでそうな顔だなぁ。


「あの人、どういう人なの? サボり魔ってことは知ってるけど、なんかすごく射撃は上手いし――あ、そういえばあの人、訓練場のスコアで私の最高点と同じ758点出したんだよ!? しかも二回連続! 絶対おかしいよね!? 学校じゃそんなスコアじゃなかったはずなのに」


「ふふ、卒業してから凄く上手くなったんじゃない?」


 あの馬鹿と同じような言葉が出てきて、思わずムッとしてしまった。

 まさかお姉ちゃんも、あいつと同じで何かを隠している?


「百瀬くんのことが気になるの? どうしても知りたい?」


「うん」


「なにがなんでも?」


「うん」


「百瀬くんのこと、好きになっちゃった?」


「それはない! あんな不真面目なやつ、絶対いや!」


 断固として否定する。恋愛対象になんてなりえない。

 もしあいつがカミオロシと同じように、私の命を救うことがあったりしたら可能性は一ミリぐらいあるかもしれなけど。


「でも残念。何も知らないわ」


「…………じゃあなんで思わせぶりなこと言ったの」


 何か秘密が知れるのかと期待したけど、上げて落とされただけだった。

 いらだちを込めてそんな言葉を言うと、姉はクスクスと笑う。そして、何かを思いついたように手のひらをパンと打ち鳴らした。


「あ、そういえば百瀬くんがどんな人か聞かれていたのよね? 私の印象だと……そうねぇ、百瀬くんはものすごく真面目な人よ」


「……そう」


 姉はあの馬鹿がサボり魔だったことを知っている。

 部隊決めの時にも、釘を刺すようなことを言っていたし、学校の成績は配属されることを決める際に参考にする資料なのだから、知っていないほうがおかしい。


 だが、いま姉は百瀬さんのことを『真面目』と口にした。

 その明らかにちぐはぐな意見が、姉から私に向けてのメッセージなのではないかと、私はそう思った。




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