第17話 水霧双葉の志望理由



 結局、店舗の目玉である『幸せのパンケーキ』なるものは女子二人が食べて、俺はオーソドックスなプレーンのパンケーキを頂いた。店名に掲げてある『Mielはちみつ』の名に恥じぬハチミツの量だったので、俺にとってはブラックコーヒー必須の店だった。


 あまり、甘いものは得意じゃないんだよ。


「百瀬くんは、こういうお店初めてなの?」


 食後に飲み物を飲みながらゆったりしていると、篝火さんが聞いてきた。

 シチュエーションとしては初めてだけど、こういう雰囲気のお店に来たことがあるかと問われたら是である。


「このお店は初めてだな。だけど、スイーツ系は妹が好きだから、付き添いで何度か来たことがある」


 そう言ってから、コーヒーを一口。

 お店で売っている高いコーヒーを飲んでも、正直違いはわからん。まぁたぶん良い豆を使っているんだろうなぁ。香りの違いはなんとなくわかるけど、それに優劣が付けられないのだ。


「妹さんがいらっしゃるんですか?」


 休日の効果なのか、双葉さんは部隊室ならばまず興味を示さないであろうことを聞いてきた。


「意外か? 俺、お兄ちゃんっぽくない?」


 妹の友達と話すこともよくあったし、年下の相手は得意だと自負している。

 その際には『優しいお兄ちゃんだね』などという評価も貰ったし、その日は妹も照れてはいたが嬉しそうだった。


「あなたのような兄で妹さんは可哀想だなと」


 ……まぁそりゃそうだ。

 もっと才能があって、もっと努力家で、もっと頭の良い兄だったら、葵がこんなに悲しむことはなかったんだろう。死ぬことも、きっとなかったんだろう。


 おどけて適当なことを言わなければと頭ではわかっているのに、言葉が出てこない。

 なにを言っても、苦笑いになってしまいそうだったから。


「……不真面目なところが治れば、妹さんも見直すかもしれませんが」


 気まずい空気を察したのか、双葉さんが顔を逸らしながら言ってきた。

 ……年下に、しかも嫌われている相手に気を遣わせてちゃ、ポーカーフェイスが得意だなんて言えないなぁ。図星を撃ち抜かれたのだから、おおめに見てほしい。


「百瀬くんは、なんで霊装士になろうと思ったの?」


 双葉さんに続き、篝火さんも場の空気をどうにかしようと思ったらしい。

 霊装士になろうと思った理由……ね。


 人間は誰しも生まれながらに霊力を持っている。

 その量は人によって千差万別だし、たとえ生まれつき霊力が豊富にあったとしても、双葉さんのように『霊具』を使える人はさらに少ない。

 俺も、環境が違えば双葉さんのように生きていたのかもしれないな。


「霊力が人より多かったからだよ。よくいるだろ? 俺みたいな理由のやつ」


「うんうん、オペレーターにも百瀬くんと同じ理由の人いたなぁ。双葉さんはどうなの?」


 おそらく人見知り――というか、あまり人と関わってきていなさそうな篝火さんが、俺たちの会話をリードしてくれている。何度でも言うが、やはり彼女はいい子だ。


「――以前にも話しましたが、たくさんの人を救うためです」


「それってなにかきっかけがあったりしたの?」


 なるほど、きっかけか。そういえば以前その辺りを聞いていなかったな。


「……まぁ、はい」


「そうなんだっ! それって聞いてもいい?」


 篝火さんがそう聞くと、双葉さんは少しの間、テーブルの上をジッと見つめる。

 どうやら、あまり簡単に口にできない内容らしい。実は『かっこいいから』みたいな単純な理由だったりするのかもしれない。

 やがて、双葉さんは意を決したように口を開いた。


「お二人が教えてくれたら、いいですよ」


「んー……私は、お父さんがオペレーターで、お仕事に対して凄く誇らしそうにしていたからかなぁ。こんなのでいいの?」


「篝火さんは父親がオペレーターなのですね、とても素敵だと思います――では百瀬さんどうぞ」


 ……ん? 『どうぞ』と言われても、つい先ほど喋ったばっかりなんだが。


「あなたは、霊装士になってどうしたいのですか? お金のためですか? 名誉のためですか? それとも他に、理由があるのですか?」


 あー、これは以前俺が『なぜたくさんの人を救いたいんだ?』とか言って、理由を問いただしたことへの仕返しかな? まぁスルーさせてもらうけど。


「別に? 特になんにも考えずに霊装士になった奴だっているだろ。まぁ、強いて言うならお金かなぁ……それと、一般企業に勤めるより霊装士のほうが楽しそうだったし」


 澄ました表情を意識して俺がそう言うと、彼女はキッと俺を睨む。


「あなたがそういう態度でいる限り、私は絶対に教えません」


「そう言われてもなぁ……」


 本当の理由なんて話すわけないだろ。

 たかだか同じ部隊に所属しただけの相手の意思を確認するためだけに、なんで俺の罪を告白しなきゃいけないんだ。


 俺の態度が気に喰わないのはわかる。

 おそらく双葉さんは、俺がなにか隠し事をしていることを察しているのだろう。

 のらりくらりと躱されて、良い気分になるやつなんていないからな。


 双葉さんはぽりぽりと頬を掻いている俺をジッと見て、大きくため息を吐く。

 ちなみに、篝火さんは俺と双葉さんを交互に見てずっとおろおろしていた。申し訳ない。


「もう百瀬さんは結構です……ですが、篝火さんがせっかく話してくれたので、私も言いますね」


 彼女はそのあと、「ここだけの話にしておいてください」と前置きをして、


「私は今から六年前――十一歳のころに、カミオロシに命を救われたことがあるのです」


 そんなことを言い出した。

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