第12話 もう一つのお仕事



 危険度Cのイレギュラーと戦った翌日。

 俺たちは朝一で水霧副司令官に呼び出された。

 そして、当然のごとく怒られた。三十分間みっちりと説教をくらった。


「まぁ安く済んだほうじゃないか?」


 副司令官から伝えられた俺たちの罰は、一週間の活動禁止、そして二割の減給というものだった。


 無傷で勝利を収めたこと、そして警官の命を救ったことを評価してくれたらしい。

 あとは、最初に俺たちの現場にいた警察官が『見送った自分にも責任がある』と霊装士協会に進言し、自分が罰を受ける代わりに俺たちの減刑を求めてくれたそうだ。


 どうやら、彼は俺たちが助けた警官の友人らしく、泣いて感謝していたとのこと。

 ただ、今後一ヶ月以内にもう一度ルール違反を犯してしまえば、今度はさらに罰則が重くなってしまう。おそらく、その場合は三ヶ月謹慎とかになると思うが、重く受け止められてしまえば左遷、もしくはクビになる可能性もあるだろう。


「訓練もいいけど、部隊の結束を深めるいい機会だねっ」


 そう言いながら、ニコニコ顔の篝火さんがコーヒーの入ったマグカップを持ってくる。

 三人分のマグカップをローテーブルの上に置くと、彼女は双葉さんの隣に座った。

 双葉さんはというと、眉間にしわを寄せ、難しい顔つきでテーブルに目を向けている。

 彼女は膝の上に置いていた手をギュッと握ると、篝火さんに目を向けて、


「私の行動は、間違っていたのでしょうか……」


 自信なさげに、そんな言葉を呟いた。


「えっと……どうだろう? 百瀬くんはどう思う?」


 はい篝火さん、そこで俺に振らないでいただきたい。

 俺が回答したら火に油をそそぐことになりかねないんだから。まぁ無難に返しとくか。


「少なくとも、双葉さんの行動で一人助かったんだから、良かったんじゃないのか」


 俺がそう言うと、双葉さんは真顔でこちらをみる。


「ですが、あなたは反対しましたよね?」


「そりゃルール違反だからな」


 嘘だ。

 ルールなんかより、他人の命より、妹の意思を優先したからだ。『普通』に生きてほしいというとても簡単で、それでいて難しい願い。


「ルールを無視ばかりしていたあなたが言うと、どうにも嘘っぽく聞こえます」


「仕事中は真面目なんだよ」


 俺の回答に、双葉さんは不服そうに鼻を鳴らす。

 救える力を持っていながら、なぜ逃げなければならないのか――なぜ罰則を受けなければならないのか――彼女はそんなことを考えているのだと思う。

 だが、


「私は、やはり自分の行動が間違っていたとは思えません。ですが――二人に迷惑を掛けたことも間違いありません。……すみませんでした」


 彼女は、俺たちに頭を下げて謝った。


 色々葛藤はあったのだろう。篝火さんはともかく、嫌いな俺に対して頭なんて下げたくなかったはずだ。

 篝火さんは頭を下げる双葉さんに対し、「気にしなくていいよ!」と両手をパタパタと横に振りながら言った。


「でも、あまり危ない行動はしないで欲しいかな……今回は大丈夫だったけど、次はどうなるかわからないし」


「善処します」


 うわぁ……もし同じようなことがあったら、自分が現地に突撃してしまうことを理解して開き直ってるやつだわこれ。平穏を望む俺としては、とても困るんだが。


「双葉さんはそもそも、どこを目指しているんだ?」


 どこかに説得材料があるかもしれないと思い、少し探りを入れてみることに。


「Sランクの霊装士を目指しています」


 もしかしたら『教えません』なんて返答がくるかもしれないと思ったけど、案外スラスラと答えてくれた。罪悪感が仕事をしてくれたのかもしれない。


「それで? Sランクになって、それからどうするんだ?」


 その先が重要だろうに。


「たくさんの人を救います」


「なんでたくさんの人を救いたいんだ?」


 続けて、問いかける。


「……人を助けるのに、理由が必要ですか?」


「必要だ」


 とくに双葉さんのように力を持つ者ならば、なおさらである。

 理由もなく人助けをしようものなら、それはもはやただの生存装置でしかない。

 利用されるだけ利用されて、人格を持つことさえも非難される。そんな結末が待っているんだ。あとはまぁ、心を守るためにも理由は必要だと俺は思うな。

 しかし、そんな俺の意図が彼女に伝わるはずもなく、思いっきり睨まれてしまった。


 やれやれ……やはり双葉さんと打ち解けるのは一筋縄ではいかなそうだ。

 そんなことを思っていると、


 ――ピピピピピピピピピピ。


 俺の胸ポケットに入れていたスマホから、激しい音が鳴り始めた。俺以外の二人は、ビクッと身体を弾ませる。

 俺はため息を吐きながら、スマホを取り出して画面を確認した。

 まさかとは思うが――うっわ……最悪だ。


「わわっ、百瀬くんのスマホ、すごい着信音だね……?」


「着信音というか、もはや警報みたいですね。仕事中には鳴らないように気を付けてください」


 俺は画面に表示された文字を目で追いながら、二人の声を聞いた。

 実際に警報のようなものだから、こんな音にしているんだよなぁ。


「悪い、ちょっと今日は帰るわ」


 ソファから立ち上がり、俺はそう宣言した。


「えぇっ!? 百瀬くん帰っちゃうの!?」


「まだ勤務時間中ですよ? ついさきほど『ルール違反だから』などと言っていた人物と同じ人の発言とは思えませんね」


 篝火さんは目を丸くして、双葉さんはジト目を向けながら言ってくる。

 だが、こうして話している時間も惜しいので、俺はさっさと扉のあるほうへ足を進める。


「副司令官には俺から連絡しとく。もし副司令官以外の奴らに聞かれたら『体調不良』とか適当なことを言っておいてくれ」


 ポカンとした表情の二人を放置して、俺は部隊室から出ていった。

 まったく……たかが脱獄犯ぐらい、俺の手を借りずにパパッと処理してほしいものだ。


 

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