第13話 ただのEランク霊装士



 ~水霧双葉Side~



「ほ、本当に行っちゃったね」


 バタンという音をたてて乱暴に閉じられた扉を見ながら、篝火さんが言った。

 ルール違反を犯して反省していた私をバカにしているのかと思う程にあっさりと、彼は仕事を投げ出して帰ってしまったのだ。


 ……今日は私のせいで仕事という仕事はないので、強く言えないけど。

 自分が人に注意できる立場ではないと理解した私は、思わず大きなため息を吐いた。


「どうせ友人からの遊びの誘いとかじゃないですか? むしろ、あのサボり魔が今日まで遅刻も欠席もなく過ごせたことのほうが驚きです」


 正式に霊装士となって、心を入れ替えたんじゃないかと一瞬でも思った自分を殴りたい。

 思い返してみれば、以前も授業中にあの激しい音が教室に鳴り響き、注意する教師を無視して彼は窓から脱走していた。やはり、今回もサボりなのだろう。


 正直、私は彼が霊装士養成校に入学し、そして卒業したことが不満でならない。

 そもそも霊装士養成校は、霊力や身体能力はもちろん、知識や判断力――人格までも評価対象にされているのだ。


「だいたい、正式なルートで入学し、卒業したのかも怪しいところです」


 一見すると大人しそうで、運動もが得意じゃなさそうに見えるオペレーターの篝火さんも、霊装士ではない普通の高校に通っている生徒に混じれば、おそらくトップクラスに位置する能力を持っているはず。


 戦場に出ていくのだから、走れなかったり躓いたりしたら足でまといにしかならないのだ。

 そんな学校を、あのサボり魔は留年したとはいえ卒業しているのだ。


「も、百瀬くんはちゃんとテスト受けていたし、二年目はしっかり頑張っていたよ。少しは休むこともあったけど……きっとなにか理由があるんだよ」


 馬鹿の行動に悪態をついている私に、篝火さん否を唱えた。

彼女はあの馬鹿に助けられた過去があるから、どうしても彼を美化してしまうのだろう。


 なんだか疎外感を覚えてしまう。実際、そうなのかもしれないけど。


「それに百瀬くん、さっき嫌そうな顔していたよ? 友達と遊ぶんだったら、楽しそうな顔するんじゃないかな?」


「言われて見れば……」


 スマートフォンを見る彼の顔を思い出してみると、たしかに不機嫌そうな表情をしていた。篝火さんの言う通り、私の考えが間違っているのかもしれない。


「……ですが、ルール違反はルール違反です」


「ふふっ、ルール違反って、双葉さんがやっちゃったやつだね」


「……その節はすみませんでした」


 痛いところを突かれてしまった。篝火さんは大人し目の性格と思っていたけど、意外と気は強いのかもしれない。

 仕方ない……篝火さんに免じて、今回ばかりは目を瞑ることにしよう。


 しかし、姉にはしっかりと報告させてもらう。

 あの馬鹿も『副司令官以外には~』という言葉を使っていたから、問題ないはず。なぜ姉だけ例外にしたのかは、わからないけど。


 あまりこの話を長引かせても空気が悪くなりそうに感じたので、話題を変更することに。


「そういえば、あの馬鹿から昔の話を聞きました。なんでも、以前篝火さんが絡まれているところを助けたとか」


「あの馬鹿じゃなくて、百瀬くんだよ」


「うっ……ですが」


 やっぱり、篝火さんは私が思っていた以上に気が強い。

 もしかすると、あの馬鹿に関わることだけ強気なのかもしれないけど。


「百瀬くん、だよ。年上だからって同じ部隊のなかで敬語とかはいらないと思うけど、ちゃんと名前は呼ばなきゃダメだよ」


「……わかりました」


 頭を下げ、私は謝罪の言葉を口にした。

 すると、彼女は口角を上げてニコリと笑う。

 髪で隠れているけど、きっと目も和やかなものなのだろう。さすが私より一年長く生きているだけあり、懐が大きい。どこかの馬鹿とは大違いだ。


「百瀬くんからは、どんな風に教えてもらったの?」


「えっと……篝火さんに向かって悪口を言っていた女子生徒三人の頭を霊銃で撃ち抜いたと」


 あの馬鹿の言っていた言葉を思い返しながら、篝火さんに説明する。


「え? それだけ?」


 キョトンとした表情を浮かべ、篝火さんが首を傾げる。

 言い回しは少し違ったけど、内容としては今説明した内容であっていたはず。

 ポカンとしている篝火さんに対し、「はい」と返事をすると、彼女は「気を遣ってくれたのかな」と嬉しそうに笑った。


「私ね、その時悪口も言われていたけど、にされていたんだよ。霊銃の」


「――っ!? そ、そんな、ひどい……」


 まさかそんなひどいことをする人が霊装士養成校に通っていただなんて、信じられない。

 私の通った代だけ特別だったのか、もしくは篝火さんたちがいた年代だけ、特別だったのか。


「それでね、本当に一瞬――私は目を瞑っていたから、どこから現れたのかもわからなかったんだけど、銃声が聞こえたと思ったら、いつのまにか百瀬くんに――あの、その、お、お姫様だっこされていて」


 顔を真っ赤にして、膝の上に人差し指で『の』の字を書きながら、篝火さんが言う。

 それにしてもお姫様だっこか……私もたしかにそんな妄想をしていた時期はあるけど、現実で実際にやる人がいるとは思わなかったな。


「それからね、優しく降ろしてもらったんだけど、百瀬くんは無言で三人の女の子たちの頭に霊銃を打っていたなぁ。横顔、かっこよかったなぁ……」


 なんだかのろけ話を聞いている気分になってきた。いや、実際のろけられていると思う。

 しかし篝火さんのように優秀で可愛い女性が、よりにもよってあの馬鹿に惹かれてしまっているとは。


 あの男だけは止めておいたほうがいいと言ったほうがいいのかな? いや、人の恋路に口出しをできるような経験値を持っている訳ではないから、やめておいたほうがいいか。


 ――ん? あれ?


「先ほどの話に戻りますが――銃声が鳴ってから、お姫様だっこをされたんですよね?」


「へ? う、うん。そうだけど」


 やっぱり、おかしい。


「その話が真実ならば、あの馬鹿――百瀬くんは、霊銃の銃弾より速く動いた、もしくは、銃弾を弾いたということになりますよね……?」


「あ……そういえばそうなるのか。百瀬くんってすごいよね」


「すごいで済ませて良い話なのでしょうか……?」


 射撃場での高いスコア、侵略者と戦う時に見せた精密な射撃。

そして何より、彼は危険度Cの侵略者を前にしても、まったく緊張した様子はなかった。


 あの馬鹿は本当に、ただのEランク霊装士なの……?

 


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