第11話 霊具展開



 俺たちの霊玉の前で待機していた警官から敬礼で見送られ、全速力で現地に向かった。倒した侵略者の身体――手足と頭だけだが――の回収は、彼が立候補してくれたのでその気持ちにありがたく甘えることに。


 篝火さんが教えてくれた、イレギュラーの発生地点の近くまでくると、瓦礫同士がぶつかるような激しい音が聞こえてきた。

 おーおー、盛大に暴れてんねぇ。


「警官と侵略者は同じ場所にいるのか?」


「う、うん! お巡りさんは建物の影に隠れているみたい」


「了解――じゃあ今回はドローンを飛ばしている暇はないから、篝火さんは待機でいい。警官が逃げてきたら保護してくれ」


「わ、わかった!」


 返事をした篝火さんがドリフトしながら車を停車させると、俺と双葉さんは霊装を展開してバックドアから飛び出す。そしてガンガンと激しい音を立てている場所に向かって一直線に駆け出した。


「――見えた」


 瓦礫の山を跳び越え、トラのような形をした侵略者の姿を確認した俺は、すぐさま霊弾を十発ほど放つ。こちらに気を向かせるための、軽い銃撃だ。

 なぜかこちらにジト目を向けている双葉さんに対し、俺は緊張をほぐすようにリラックスした口調で言った。


「焦るなよ双葉さん。強度六の霊装とはいえ、危険度Cの攻撃をまともに喰らったらしゃれにならないぞ」


「なぜ留年したあなたが上から目線で語っているのですか」


 侵略者は、唸り声をあげながら瓦礫の頂上に立つ俺たちを睨みつける。

 というか、双葉さん意外と冷静だな。もっと前のめりになって変な行動をするかもしれないと思っていたが。


「案外緊張してないみたいだな? 相手は危険度Cの侵略者だぞ?」


 そう言いながら、俺は霊弾をさらに二発放つ。

 距離はまだ結構あるし、この霊銃は弾速が遅い。そのためこちらを警戒する侵略者にはあっさりと避けられてしまった。


 侵略者は、粉塵を巻き上げながらこちらに向かって勢いよく迫ってくる。


「あなたがバカみたいに平常心ですから、緊張しようにもできないのですよっ!」


 双葉さんは、その言葉を言い終えると同時に走り出した。踏み込みの強さゆえ、彼女の足場の瓦礫は砕け、残された俺の足に破片が当たる。ちょっと痛かった。

 あとでこのことを報告して、罪悪感を覚えてもらうとしよう。


「お巡りさーん! 侵略者はこちらで引き受けますので、動ける状態なら静かに道路側へ逃げてくださーい!」


 俺がそんなことを叫んでいるなか、双葉さんは侵略者の爪を左の剣で――牙を右手の剣で受け止める。そして、力任せに警官のいない方向へ弾き飛ばした。

 霊装強度六とはいっていたけど、限りなく七に近い六って感じだな。強い。


 半壊している元コンビニに突っ込んだ侵略者へ向けて、俺は霊弾を三十発ほど連射で打ち込んだ。


「右の後ろ足に全部当たったと思うから、しばらくはまともに動けないはずだぞ~」


「あなたはもっと霊力を大事にしてください! 付与型と放出型では消費量が全く違うのですよ!?」


「生まれつき霊力は多いほうだから平気」


「――っ、どうなっても知りませんから!」


 俺の言葉を聞いた双葉さんは、こちらを一瞬睨んで叫んだのち、侵略者へ向けて走り出す。

 建物はほぼ崩れている状態なので、屋根が落ちてくるような心配もない。


「――はぁっ!」


「まだ倒せないから、ヒットアンドアウェイにしろよ」


「――っ、わかっています!」


 嘘吐け、ここで決める気満々だったろうが。

 侵略者の腹部を切り裂いた双葉さんは、その場から跳んで下がり、俺の隣に着地。

 万が一追い打ちを掛けられないように、こちらから援護射撃をしておいた。


「危険度Cともなるとそれなりに霊力持っているからな。霊装強度六がひとりじゃ、短期決戦は難しいぞ――って誰かが言ってた気がする」


「――わかっています。だから、使います」


 双葉さんはそう言うと、二つの剣を腰の鞘にしまう。

 そして彼女は祈るように胸の前で手を組むと、


「霊具展開――【凍てつく魂フリージングソウル】」


 そんな魔法の言葉を口にした。

 双葉さんの全身から放出された霊力が、ブラックホールに吸い込まれるように手元へ集まっていく。手の隙間からは青白い光が漏れ出しており、彼女が手を解くと同時――光は形を変えて、二つの青白い氷の剣となった。


 刃渡りは一メートル無いぐらいの、両刃の剣。

 剣の周りには寒さゆえか、空気が白い氷のつぶとなりもやとなって漂っている。


「……綺麗だなぁ」


 僅かに光っている二つの氷剣を眺めながらそう言うと、彼女は勢いよくこちらを向いて、キッと睨んできた。なぜかほんのり顔が赤い。


「――せ、戦闘中になにをバカなことを言っているのですかっ!? あなたに言われても全然、欠片も嬉しくありません!」


 双葉さんはそう言うと、こちらへ襲い掛からんと身をかがめている侵略者へ突撃する。

 もしかして、剣ではなく双葉さんのことを『綺麗』と言ったと勘違いされてないだろうか? ……もしそうだったとして、『はははっ! 双葉さんじゃなくて剣のことを言ったんだZEっ』なんて言ったら、間違いなく〇される。


 この話は蒸し返さないようにしよう。


 双葉さんの剣が侵略者の身体を傷つけているなか、視界の端では篝火さんが警官を俺たちが乗ってきた高機動車に誘導していた。どうやら、無事救助はできたらしい。


「危険度C相手でも効果抜群だな」


 ここまで余裕なら、彼女の行動を止めずにさっさと行かせてよかったかもしれない。

 双葉さんの霊具は、切り口から相手の身体を凍らせていく。


 敵は霊力で押し返して氷の広がりを防ぐことができるようだが、危険度Cでも進行を止めるので精いっぱいらしい。当然、切り口が増えれば増えるだけ、相手は不利になるわけだ。


 時間にして一分ほど一方的な攻撃を続けた結果、侵略者は氷漬けとなった。そして最後に、その身を双葉さんに粉々に砕かれる。


 かっこつけて一緒に来たわりに、俺、ほとんど何もしてないなぁ。

 まぁ、そっちの方が助かるのだから、全くもって不満はないのだけど。

 俺は霊具を収めた双葉さんの隣に跳んで、声を掛ける。


「お疲れさん。そろそろ霊力が危ないだろ? 平気か?」


 在学中、彼女を観察して霊力の総量もあらかた把握していた。感覚的に、そろそろ底をつきそうな気がするんだが。


「平気、で……す――」


 双葉さんはうつろな目で俺を見ると、左右にフラフラと揺れる。

 全然平気そうじゃないな。いつ倒れてもおかしくなさそうだ。

 天才と言われる彼女も、霊力の容量はまだまだだなぁ。もっとガンガン霊力を使って鍛えてほしいもんだ。


 そう思っていると、


「うぉっとぉ!?」


 案の定、双葉さんはそのまま俺に向かって倒れ込んできた。慌てて脇の下に手を差し込んで、身体を支える。危険度Cの柔らかな物体が俺の胸に接触した。

 やれやれ……あとから色々と文句を言われそうだなぁ。

 双葉さんと、それから――


「君たち! 大丈夫か!?」


 先輩方や副司令官から、それはもう色々と。



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