第10話 命の重み



「よし、逃げるか!」


「う、うん……」


 ドローンを回収しつつ、こちらに駆けよってきた篝火さん。

 彼女は真っ青な表情を浮かべたまま俺の言葉に頷くと、すぐさま両手にドローンを抱えて車に向かって走り出す。


 協会本部がCランクやBランクの霊装士をすでに手配しているはずだし、俺たちEランクは邪魔にならないようにさっさと退散するのが正解だ。手配した救援が間に合うか間に合わないかは知らないが。


 イレギュラーは霊玉から生まれず、ワープホールと呼ばれる次元を繋ぐモノから現れる。そして、出現する場所は荒廃地区とは限らない。

篝火さんによれば、どうやら今回のイレギュラーは荒廃地区内に出現したようだし、イレギュラーが最低でも危険度Cであることから考えても、不幸中の幸いって感じだ。


「篝火さん」


 走っていく篝火さんを、双葉さんが呼び止めた。

 彼女は足を止めて、こちらを振り返った。


「逃げ遅れている人は、いないのですか?」


 その問いかけに対し、篝火さんは口をつぐみ、制服のズボンのすそをギュッと掴む。


「……警察の人が車両を壊されて、近くの建物に隠れてるみたい……でも、私たちが行くのは危険だよっ」


 そりゃそうだ。

 だからこそ、彼女は俺たちにその情報を言わなかったのだろう。顔が青ざめていたのは、警察の人が死ぬかもしれないと思っていたからだろうか。


 双葉さんは篝火さんの言葉を聞くと、表情を険しくする。そして、


「…………では、私ひとりで行ってきます。お二人はお先に帰っていただいて構いませんので、篝火さん――場所のデータだけ送信をお願いします」


 そんな、優等生らしからぬことを言い始めた。

 おいおいおい。

 お前は真面目ちゃんじゃなかったのかよ。

 Eランク部隊が危険度Cの侵略者に挑むと、人助けとか関係なく罰則がついてくるぞ?


「あのな、死ぬかもしれないんだぞ? お前は見知らぬ他人のために、自分の命をかけるのか?」


 腰に手をあて、ため息交じりに言ってみる。

 しかし説得むなしく、彼女はノータイムで頷いた。


「私は人々を侵略者から救うために、霊装士を志しました。ここで逃げ出すようならば、霊装士になった意味がありません」


双葉さんは拳をギュッと握りしめながらそう言った。

 彼女のほうがカミオロシよりよっぽど『救世主』にふさわしい考えをしているなぁ。


「双葉さんが頑張る必要はない。協会が霊装士を手配しているはずだから」


「――っ! 間に合わないかもしれないじゃないですか!?」


「力があるからって、人を救わなければいけない責任はないんだぞ?」


 俺は自分に投げかけて欲しい言葉を、彼女に言った。

 救うことを放棄して、平凡に生きることを選択した俺自身にかけて欲しい言葉を。

 しかし、彼女は俺のことをキッと睨んだ。


「たしかに私は周囲の期待に応えるために努力してきました――ですが、私には私の想いがあります! 人の命を救うことが、そんなに悪い事ですか!?」


 声を荒くして叫んだ双葉さんは、俺を睨みつけたまま言葉を続ける。


「あなたがどんな考えであれ、私の行動は変わりません。罰則は私ひとりで済むよう姉に掛け合います。だから、邪魔しないでください!」


「それで双葉さんが死んだらどうするんだ?」


「救える命を見殺しにするぐらいなら死んだほうがマシです!」


 双葉さんは、俺が失ってしまった感覚をこれでもかとぶつけてくる。

 妹を優先し、何千億という人数を見殺しにした結果失ってしまった、人ひとりの命の重さというやつを。


 幾度となく繰り返した時間遡行のせいで感覚が狂ってしまった俺には、なにが正しいのか、わからない。


 俺が妹の望む俺であるために、こんな危なっかしい行動は慎んでほしいんだけどな。

 有望な人材は、生かしておくにこしたことはないし。


「はぁあああああ……」


 まぁ今回の敵だったら、俺が主体になる必要もないだろうし、お目こぼしということにしておこうか。双葉さんにとっては、俺が許そうが許さまいが、関係ないのだろうけど。


「しょうがねぇなぁ。こんなバカに付き合うのは今回だけだぞ?」


 相手は危険度Cだし、双葉さんひとりで敵をボコボコにしたことにしよう。実際、それぐらいできるかもしれないし。


 頭をガシガシと掻いて、俺は慌てた様子の篝火さんへ目を向けた。

 双葉さんが「い、いったいなにを!?」と聞いてくるが、いったん無視。


「篝火さん、俺にもそのデータを送ってくれ。その警察官たち助けにいくぞ」


「――っ、う、うん! 百瀬くんが行くなら私も行くよっ」


「ははっ! じゃあE-403部隊は揃って罰則受けるとするか! 篝火さんの命は俺が責任持って守るから、安心してくれ」


「うん! 私、百瀬くんのことを信じてるよっ!」


 篝火さんは晴れやかな表情で返事をすると、車のほうへ駆け出していく。

 そこでようやく、双葉さんが再起動した。


「だ、ダメです! Eランクの部隊は危険度Cとの戦闘は禁じられているのですよ!」


 お前がそれ言う? 双葉さんもEランクだろうに。


「知るかそんなもん。あいにく俺は学校で生徒の頭をぶち抜いて停学になるような不良少年なんでね。お前が行かないなら置いて行くぞ」


 そう言って、俺も車へ向かって走り出す。篝火さんは、すでに出発の準備を終えて俺たちを待っている状態だ。


「わ、私が言い出したんですよ! なんで私が置いて行かれるんですかっ!」


 そりゃお前がもたもたしてるからだよ。

 行くと決まったなら、迅速に動くとしようじゃないか。



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