第9話 イージーゲーム
待機中、双葉さんは霊玉の周りを歩きまわり、足場の確認作業などを行っていた。
潔癖症なのか完璧主義なのか、もしくは、案外初仕事に緊張しているのか。全部可能性としては捨てきれないな。どうでもいいんだけど。
俺たちも彼女と同じく確認はしたのだけど、それはせいぜい十分あれば終わってしまう作業だ。その後は、篝火さんと一緒に車の中でのんびりとすることにした。
トランプを持ってきておけば良かったかなぁ――と一瞬考えたけど、確実に双葉さんの怒りを買うことになりそうなので、どちらにせよのんびりするしかない。
荒廃地区には瓦礫がそこら中に転がっている。
しかしその数は自衛隊の活躍により年々減ってきており、形が残っている建物はわりと珍しい。信号機なんかは、そこら中に倒れているが。
「百瀬くんは養成校の演習で侵略者と戦ったりしたの? それともお休みしてた?」
車のバックドアを開け放し、うろちょろと歩き回る双葉さんを見ながら、篝火さんが質問する。
「いや、さすがに演習は出ないとマズかったから出席したよ。霊銃でちょこちょこ攻撃しただけなんだが」
本当に一、二発当てただけだった。
きちんと命中させたし、タイミングとしてもバッチリだったと思う。だからその時の評価は良いものを貰った。
「緊張はしない?」
「しないかなぁ。メンバーが違うだけで、演習と同じようなもんだし」
というかそもそも、俺は実戦経験がこの世界の誰よりも多いからね。いまさら危険度Eの侵略者相手に緊張なんてできるはずもない。
「そ、そっかぁ。私はちょっと緊張しちゃうな」
えへへ、と笑った篝火さんは、俺に両の手の平を見せてくれる。よく見ると、微かに汗がにじんでいるし、震えていた。
「オペレーターって、戦ってくれる霊装士の人たちの命を預かっていると思うんだ。もし私のミスで、二人を危険にさらしてしまったら――って考えていたら、あまり寝られなかったよ」
そりゃそうか。
オペレーターは戦わない代わりに、戦闘員のサポート全般を行っているからな。そう思ってしまうのも無理はないだろう。
武器の配備ミスや、間違った指示出し、戦場に適していない場所にある霊玉の確保。
そんな様々な要因で、オペレーターは戦闘員を危険にさらしてしまう可能性がある。
「まぁそんなに深く考えるなよ。ここはすごく戦いやすいし、武器の確認は俺たちもやってる。それに相手は危険度Eなんだから、例え篝火さんが変な指示をしたとしても大丈夫さ」
笑顔を心がけて、俺は穏やかに語り掛ける。
まさかこれがフラグになるなんて、一ミリも考えずに。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『侵略者出現まで残り五、四――』
耳に取り付けたイヤホンから、篝火さんの少し緊張したような声が聞こえてくる。彼女は現在、五十メートルほど離れた場所で、車からドローンを操っていた。
「リラックスしろよ~」
霊玉のある場所から二十メートルほど離れた場所で、隣にいる双葉さんに向けて言った。
「あなたはもう少し緊張感を持ってください」
毒を吐かないと生きていけないのか双葉さんは。たぶん、こんなことを言っているのは俺ぐらいなんだろうけど。特別感があると思って喜べばいいのか? 無理だろ。
俺は「はいはい」と返事をして、二丁の銃を構えた。
『一――出るよ!』
篝火さんの合図と同時――直径五十センチほどのサイズまで大きくなっていた霊玉が、さらに膨れ上がった。
球体だったそれは、空中で形を変え、四足歩行のバケモノとなって地面に落ちてくる。
サイズはサイとかカバぐらいだろうか? 身体は霊体と呼ばれる濃い紫の霊力でできており、四本の足先と頭部だけが黒い物質で構成されている。
顔は牛っぽくて、地球にいる陸上の哺乳類と比べると、横幅がやや広い。そしてなんといっても、足先がバスケットボール以上にでかく、爪が凶悪だ。
『百瀬さん、牽制をお願いっ! 双葉さんは隙を見て左から攻撃っ』
「はいよ――先手必勝っ!」
俺は二丁の霊銃を構え、こちらへ向かって走ってくる侵略者に合計で十の霊弾を放つ。
それは敵の前足の付け根に五発ずつ命中し、霊体の一部を弾き飛ばした。
動きをとめ、バランスを崩した侵略者を確認して、双葉さんが走り始める。
俺を信頼してくれるようになれば、打ちだした瞬間に敵に向かって走ってくれるのだろうけど……まぁいまはこれでいいや。双葉さん、霊装のおかげでかなり足速いし。
「グオォオオオオオッ」
痛覚があるのかは知らないが、侵略者は唸り声をあげると、すぐに他の場所から霊力を集め回復を試みる――が、それよりも前に、双葉さんが敵の前に到着した。
『攻撃したら一度引いてっ! その後は百瀬さんもう一度霊弾をっ』
「――しっ」
双葉さんは歯の隙間から零れる声とともに、霊力を纏った剣を二閃。たったそれだけで、敵は前足の機能を失った。まぁあれだけ霊力の密度が高かったら、危険度E程度の侵略者じゃ耐えられないだろう。
「おー、いいねいいね」
ヒットアンドアウェイ――双葉さんが攻撃を加えてから後ろに跳びのいた瞬間、俺はさらに追い打ちの十発を放つ。今度はヘッドショットだ。
この霊弾ぐらいじゃ目くらましにしかならないだろうが、隙を作るには十分だろう。
あとは、双葉さんが分厚い首を落とせば終了だ。
『双葉さんは敵の死角に移動、そのまま詰めてっ!』
「はぁあああああっ!」
敵の背後に回っていた双葉さんは、侵略者の後ろ足を切断。
そして最後に、身動きのとれなくなった敵の首を、剣を振り下ろして刈り取った。
実にイージーゲームである。
危険度Eの侵略者ってのは、言ってしまえば学生に挑戦させるぐらいの難易度だしな。
有望視されている双葉さんにとっては、とるに足らない相手だろう。
侵略者の頭部や爪以外の部分が消えたのを見届けると、双葉さんは剣を鞘にしまう。
「さすがだな」
歩み寄りながら、声を掛けてみる。俺も中々の活躍ができたんじゃないだろうか?
こちらに目を向けた双葉さんは、俺にじっとりとした視線を向ける。
「……あなたは、射撃訓練場でも手を抜いていましたね?」
「そうかなぁ?」
「私でもこの距離から両手で十発――それを敵の両目に正確に五発ずつ連射で当てるなんてできません」
「あ、あぁ~……運が良かったんじゃね?」
込める霊力だけ人並にしてりゃいいやと思っていたが、俺は無意識にそんなことをやっていたらしい。いやだって、侵略者に限らず目玉は急所だからさ、狙うのが癖になっているわけでして。
さて、どうやって切り抜けようかなぁと思っていると――、
『も、百瀬くんっ! ここから七百メートル地点で危険度Cのイレギュラーが――っ』
そんな切羽詰まった叫び声が、イヤホンと少し離れた場所から聞こえてきた。
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