第21話 私はあなたを、許さない




 ~~水霧双葉Side~~


 百瀬さんの妹である葵ちゃんに連れられて、おそらく彼女の自室であろう場所にやってきた。ピンクや白など、色合い的には女の子らしいものの、タワーマンションに住んでいる割には、必要最低限のものしかない質素な部屋だった。

 私が部屋に先に入り、後ろから葵ちゃんが入ってくる。彼女はすぐに扉を閉めた。


「それで、何が目的ですか?」


 声を掛けられたので、振り向く。

 慣れない他人の部屋に戸惑っている私に対し、葵ちゃんは淡々とした口調で聞いてきた。


 何が目的――そうか。

 彼女は、いきなりやってきた私に対して不信感を抱いているのか。

 兄の百瀬さんも彼女を大事にしているようだが、もしかしたら葵ちゃんのほうも、かなり兄を大切に思っているのかもしれない。


「目的だなんてそんな――私はただ、お兄さんが話題に出していた、噂の妹さんと会ってみたかっただけです」


 それらしい言葉を並べて、様子を見る。

 すると妹さんは「そうですか」と口にして、少し表情を和らげる。

 案外、すんなりと認められたなぁ――そう思っていると、


「じゃあ、私と何を話したいんですか? 兄に関する内容以外の質問なら受け付けますよ」


 そんな、こちらの言葉を制限するような事を言ってきた。

 開きかけた口を思わず閉じると、彼女は『やっぱりね』とでも言いたげに、口の端を吊り上げる。


「まさか兄のことが気に喰わないくせに、兄のことをもっと知りたい――だなんて言わないですよねぇ水霧双葉さん?」


「お、お兄さんから何か聞いているのですか?」


 もしかしたら、百瀬さんは家で私の悪態を吐いているのかもしれない。

 一瞬そう思ったけど、葵ちゃんは首を横に振った。


「いいえ。せいぜい部隊の一員がルール違反を犯したから、謹慎になった――ということぐらいでしょうか?」


 なんだ、それぐらいしか話していないのか。

 葵ちゃんの口から出た言葉に安堵していると、彼女はさらに言葉を続ける。


「ですが、私は私の情報網がありますので、あなたが兄を嫌っていることや、『馬鹿』『サボり魔』などと言っていることは知っていますよ。あぁ、情報源は篝火さんじゃないですから、ご安心を」


「な、なんでそこまで……」


「別に、あなたには関係のないことです。ですが、もし好意的な理由以外で兄の周りを嗅ぎまわるようなら――もし兄に害をなすようなら」


 そこで葵ちゃんは言葉を区切る。そして私の目を突き刺すような鋭い視線を向けて、


「私はあなたを、許さない」


 ただの高校生とは思えない――ただの脅しには聞こえない、そんな真に迫った迫力でそう言ったのだった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ~~百瀬千景Side~~


「お兄ちゃーん、お話終わったよ! お兄ちゃんってどんな人なの~って聞かれたから、シスコンって答えておいたからね!」


 篝火さんとリビングにやってきて、部屋の紹介などをしていると、葵と双葉さんがやってきた。お互いに話をしたいと言っていたわりに、五分ぐらいで終わったな。

 というかシスコンって答えたのかよ。正しいけど恥ずかしいからやめてくれ。


「他に変な話とかしてないだろうな?」


「してないよ~」


 いやいや、お兄ちゃん騙されませんよ。双葉さんの顔色が明らかに悪くなってるからな?

 穏便に済むことを祈っていたけど、たぶん葵は双葉さんに『兄に迷惑をかけるな』とかそんな感じの注意をしたんだろう。それにしては、顔色が随分悪いような気もするけど。


 年下に言われたからか、もしくはそういったことを今まで言われ慣れていないからかは知らないけど、どちらにせよ心にダメージを負ってしまったらしい。

 まぁ、彼女から俺の家に来たいと言い出したんだし、俺、悪くないよね?


 今日一番の目的にして唯一の用事が終わってしまったので、はい解散――と行きたいところだけど、それではさすがに篝火さんが不憫すぎる。

 リビングの時計とソファ、それからテーブルの紹介ぐらいしかしてないのに。


「じゃあ私は自分の部屋でのんびりしてますので、みなさんごゆっくりしていってください~」


 そう言って、葵は足取り軽くリビングから出ていく。

 いつもよりテンション高めだな。なんだか双葉さんから気力や元気を吸収したのではないかと思えるほどだ。


 葵が自室の入ったことを音で確認してから、俺は双葉さんに声を掛ける。


「その……なんだ。たぶん変なことを言われたんだと思うけど、あまり気にしなくていいからな? 俺もそうだけど、妹は妹で過保護なところあるからさ」


 俺が葵の心配をしていると、たいてい『私よりも自分を心配して』と怒られている気がする。

 双葉さんは俺の言葉に対し、小さな声で「はい」と短く返事をする。

 さすがに罪悪感が募ってきたので、帰宅するまでに元のテンションに戻るようフォローすることにした。


「兄妹仲良しなんだね」


「まぁ仲は良いほうだと思うぞ。前もちらっと話したけど、二人で出かけたりするし」


「いいなぁ。私一人っ子だから、兄妹いる人みると羨ましいなって思っちゃう」


「葵はやらんぞ」


「えへへ、百瀬くんはそういうところでシスコンって言われちゃうんだよ」


 ニコニコと笑みを浮かべて篝火さんが言う。内容はアレだが、声のトーンがほわほわしていて実に平和だ。

 こういうのでいいんだよ。女子が家に来たからって、修羅場になる必要なんてないのだ。


 双葉さんは妹を通して俺の人となりを把握したいのだと思うが、残念ながら無駄足だと言わざるを得ない。バラすつもりは欠片もないからな。

 諦めて、篝火さんのように平和に過ごしてほしいものだ。



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