第23話 ケンカ



 篝火さんと二人で勤務隊舎に戻り、E-403の部隊室に入った。

 口数少なくなるかと思いきや、わりと篝火さんが積極的に話しかけてくれるおかげで、嫌な間が訪れることもなかった。そろそろ彼女が本当に大人しいキャラだったのか疑いたくなってきたぞ。


「百瀬くんに、ちゃんと人の心はあるよ」


 ソファに腰を下ろしたところで、篝火さんがそう言った。

 彼女は俺の隣に腰を下ろすと、俺とは目を合わせずに、自らの膝を見つけて言葉を紡ぐ。


「だって私を助けてくれたもん」


 そう口にした篝火さんの横顔は、いつものニコニコ顔ではなく、穏やかで優しい笑みだった。精神年齢を比べたら途方もない差があるというのに、救われてしまうなぁ。


 力は圧倒的に俺が強いはずなのに――戦闘になればゾウとアリ以上の差がありそうなものなのに、救われている。人間って不思議だ。


「ありがとな篝火さん。だけどまぁ、双葉さんの言ってることも間違っているわけじゃないんだよな。霊装士としては俺が正しいとしても、人としては双葉さんが正しいはずだから」


 正直、正しいか正しくないかなんて、どうでもいい。誰が死のうが生きようが、それが妹――あとはせいぜい両親に関わるかだけが俺にとって重要なところだ。


「――俺には俺の目的がある」


 これぐらいならば言っても構わないだろうというラインを見極めて、口を動かす。


「そのために、双葉さんとは一緒の部隊になっておかなくちゃいけないんだ。仲が良いとか悪いとか、関係なしに」


 ソファの背もたれに倒れ込み、天井でくるくると回るシーリングファンを見上げる。


「……そっか。留年もそのために必要だったの?」


「まぁな。これ以上は聞かないでくれると助かる」


 俺がそう言うと、篝火さんは実にあっさりと「じゃあ聞かないでおくね」と了承してくれた。

 彼女になら、俺が死神であることをバラしてもいいんじゃないかなぁ。


 俺がカミオロシであるということはほんの数人程度しか知られていないし、バレたらマズいのだけど、死神=俺という図式は、霊装士協会の上層部やSランク霊装士の一部で知られていたりする。

 変に行動を制限させないためにも、篝火さんが知っておくのは必要なことかもしれない。


 そんなことを考えていると、


「私にも、私の目的があるんだよ」


「へぇ、じゃあ篝火さんもその目的のために留年を?」


 そんなわけないだろうと思いながらも、会話の流れを真似て言ってみた。

 すると、


「ま、まぁな。これ以上は聞かないでくれると助かる」


「……似てないぞ」


「ダメかぁ~」


 そう言ってえへへと笑うと、篝火さんはソファから立ち上がり「コーヒー淹れるね」とキッチンへ歩いていく。

 なんだか上手にはぐらかされてしまった気がするけど、まさか彼女は本当に狙って留年を……? だとしたらいったい、なんのために?



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 翌日、双葉さんは普通に勤務隊舎に来ていた。

 会話らしい会話はなく、前日の話題については一切言及することは無かったし、篝火さんが場を盛り上げようとしても、俺と篝火さんだけがワーワー騒いでいるだけで、双葉さんは乗ってこなかった。


 結局その日は、篝火さんが提案してくれたEランクの侵略者を三体だけ討伐し、解散。

 そしてその翌日も、Eランク四体だけを倒し、解散。

 空気は相変わらず悪いまま、E-403部隊は休日に突入した。



 そして休みが明けても、双葉さんは変わらず俺たちを拒絶するかのように、必要最低限の言葉しか喋らない状態を維持していた。

 部隊室の空気が悪いのなんのって……外は天気が良いのに、部屋の中だけどんより曇り状態なんだよなぁ。


 俺は水霧副司令官との約束を果たすために、双葉さんが出勤してくれさえいれば大丈夫。彼女に強くなってもらいたいという欲はあるけれど、今の状態では難しい。時間が薬とは思っているが、果たしていい方向に転がるのかどうか。


「そろそろ危険度Dも討伐していこうと思うんだけど、二人はどう思う?」


 部隊室二階にある会議スペースで、ホワイトボードの前に立った篝火さんが言う。

 ホワイトボードには『そろそろD倒す?』と丸っこい字で書かれていた。


「そうだなぁ。一度はどんな感じになるか試してみるのはありか」


 謹慎期間中の遅れを取り戻すために、Eランクの討伐数を減らすわけにはいかないが、当初は双葉さんもDランクを討伐したそうな雰囲気を出していたし、この悪い空気が良い物に変わるきっかけになるかもしれない。


 そう思ったのだけど、


「篝火さんにお任せします」


 双葉さんは顔色も声色も変えることなく、淡々とした口調でそう言った。

 これは思ったよりも長い闘いになりそうだなぁ。

 まぁ、別に危険度Dも今まで通りチームワークらしいチームワークもなく倒せるだろうから、別にいいか。


「……双葉さん、いつまでこれを続けるつもりなの?」


 暢気に考えている俺と違って、どうやら篝火さんは穏やかではない模様。

 ここまではっきりと怒気を露わにしているのは初めてみるかもしれない。

 篝火さんはスタスタと双葉さんに近づき、見下ろすようにしてから話を続ける。


「副司令官も、反省するのは双葉さんのほうだって言っていたよね? 部隊の和を乱しているのは自分だって自覚はある?」


「…………」


「どうせまだ百瀬くんや副司令官の言ったことが納得できてないんでしょ? 自分のほうが正しいんだって、今でも思ってるんでしょ?」


 おう……なんだか篝火さんがヒートアップしている。大丈夫かこれ?

 双葉さんは俯いているだけだから、なんだか図式的に教師と生徒みたいだ。


「霊装士として仕事をしているだけじゃなんでダメなの? 結果的にそれが人を救うことになっているのに、なんでダメなの? 最近またニュースになっていた死神だって、協会に属していないあの人が、何を思って協力してくれてるかなんてわかんないでしょ?」


「――っ、死神とこいつを一緒にしないでっ!」


 ――二つのことで、驚かされた。


 まず、ずっと沈黙を貫いていたのに、急に声を荒げて反論した双葉さんに。

 そしてその双葉さんの迫力をものともせず、彼女の頬を激しい音を鳴らして叩いた篝火さんに。


「ちゃんと百瀬くんのこと、名前で呼んでって言ったよね?」


 手を振り抜いた姿勢で、双葉さんを見下ろす篝火さん。

 もはや空気が悪いどころじゃない。いつ取っ組み合いが始まってもおかしくない雰囲気だ。一階のソファに逃げたい。


 結局、叩かれた頬を手で押さえた双葉さんは、何も言うことはなく、階段を降りて逃げるように部隊室から出ていった。


「あー……なんかすまん」


 とりあえず篝火さんに謝っておいた。原因を作ったの、俺だし。

 彼女が怒ったのは、俺のためなのだし。


「私のほうこそごめんね……百瀬くんは、仲良くなるために頑張ろうとしていたっていうのに」


 さきほどまでの怒りは、穴の空いた風船がしぼむように一気になりを潜めていた。

 あまり仲良くする努力をしていなかったからさらに申し訳ない気持ちが強くなる。本当に、篝火さんには迷惑を掛けてばかりだなぁ。


 しかたない。


「リカバリーは俺が担当しよう。火に油を注ぐ可能性もあるけど、まぁなんとかなるだろ」


 そう言って、立ち上がる。

 篝火さんは俺に「お願いします」と頭を下げて、俺に双葉さんの位置データを送ってくれた。さて、どんな話をしたらいいものか。




~作者あとがき~


いつもお読みいただきありがとうございます!感謝です!

この物語は、いまのところ三十三~三十五話あたりで終わる予定でございます。

長編を期待していた方は、申し訳ございませんm(_ _"m)


最終話までこれからも毎日投稿を継続していきますので、お付き合いいただければ幸いです。

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