第24話 カミオロシ=死神
篝火さんに送ってもらった位置データを元にして、敷地内を移動。
野外の訓練場近くにあるベンチに腰かけて、他の部隊が戦闘訓練をする様子を眺めている双葉さんを見つけた。リストラしたサラリーマンかよ。
「よ、こいつが来たぞ」
背後から、ふざけたテンションで声を掛けてみた。
しんみり話しかける手も考えたが、なんとなく俺のキャラじゃないので却下。
「何しに来たんですか」
双葉さんは断りなく隣に座った俺にジト目を向ける。やや目が充血して見えるのは、悔し涙でも流したのだろうか。
「篝火さんとの仲直りを要求しにきた――部隊内の空気は良いに越したことがないだろ? どうせ副司令官に一年間は維持するように言われてるんだからさ」
「……私は篝火さんを怒らせてしまいました」
「まぁ怒ってたなぁ。正直、俺も篝火さんがあんな風になるとは想像してなかった」
レアだよな、怒った篝火さんって。
一緒に過ごした期間はまだ短いから、レアなのかどうかは今後次第だけども。
「そう、ですよね」
やばい、俺の言葉のせいでさらに気を落としてしまったんだが。いったい俺は何をしにやってきたんだ? リカバリーだろリカバリー!
「篝火さんにも言ったけど――人として正しいのは双葉さんのほうだ」
俺がそう言うと、彼女はキョトンした顔で俺を見る。
「霊装士は情を持つべきじゃない――そうは言っても、普通はそう簡単に割り切れるもんじゃないよ」
「なら、あなたはなぜ?」
「俺は人が死ぬところを、何度も見てきたからな。もう、慣れちゃったんだよ」
十人二十人なんて優しい人数ではない。俺が死体を目にした数は億を超えている。
ただ、そんな人数を口にしたところで信じられる内容ではないし、双葉さんも「そうですか」と詳しくは聞こうとしなかったので、正解は闇の中である。
三十秒ほど沈黙が続いて、ようやく双葉さんのほうから口を開いた。
「篝火さんの言う通りだと思いました。結局、私もあなたも篝火さんも、人を救った数で言えば同じです。救われた人から見れば、相手がどんなことを考えていようが、救われたことには変わりはありませんから。私がカミオロシに救われたのだって、あの人がどんな想いの元、私を救ったのかはわかりませんし」
双葉さんが言うカミオロシが仮に俺だったとすれば、本当にたまたまだろうなぁ。
深い意味もなく、目についた侵略者を倒しただけだろう。
だけどまぁ、嘘も方便ということで。
「それはどうかな? 案外双葉さんが美少女だったからなのかもしれないぞ?」
ニヤリと笑みを作って、軽率な口説き文句を言ってみた。
「ふふ、あなたに言われても嬉しくありませんし、ご機嫌取りにしては安直すぎます」
ダメらしい。でも笑っているのだから、意味がなかったわけではないのだろう。
今みたいに笑っていればもっと可愛いのに――そんな言葉を口にしたら怒られそうな気がしたので、喉を通さずにやりすごした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
~~水霧双葉Side~~
百瀬さんは急に「今日は乗り気じゃないから――いや、体調悪くなったから早退するわ」と言ってそのまま帰っていった。おそらくというかほぼ確実に、私と篝火さんを二人きりにさせるためだと思う。
タイミング的にも、私が「篝火さんに謝ってきます」と言ったタイミングだったし。
彼が本当にサボり魔だったのか、ちょっと疑問が生まれてきた。
今日みたいに、何か別の理由で帰っていたのではないかと、そう思ってしまった。
少し美化しすぎかな?
部隊室に行くと、篝火さんはソファに一人で座り、オペレーターの教本を読んでいた。
こちらに向けられるキョトンとした表情に回れ右したくなったが、なんとか足を進めて、頭を下げた。
「すみませんでした!」
「え、え!? なんで双葉さんが謝るの!? 謝るのは私のほう――っていうか百瀬くんは?」
どうやら、彼女がキョトンとしていた理由は私が一人だったかららしい。
先に帰ったということを伝えると、篝火さんは「気を遣ってくれたんだね」と嬉しそうに口にしていた。やはり美化しすぎじゃないかなぁと思うけど、新たな火種を生みそうなので自重。
「そ、その、いきなりビンタしちゃってごめんね」
「いえ、篝火さんの言っていたことは正しいので……」
尻すぼみになりながら言うと、彼女はゆっくりと首を横に振る。
「私が本当に怒ったのは、百瀬くんのことをちゃんと名前で呼ばなかったから。あの人をないがしろにしたら、また怒るからね?」
そう言えばそうだった。
その話の前はたしかに別の話をしていたけど、彼女が手を出したきっかけは、百瀬さんを『こいつ』と呼んだからだ。
「私は百瀬くんが好き」
やっぱりそうか――半信半疑だった予想が、本人の言葉によって確信に変わる。
「好きな人がぞんざいに扱われているのを黙って見ているほど、私穏やかじゃないよ?」
篝火さんは気が弱いイメージだった。
そしてそれは、間違っていないのかもしれない。
気が強く見えていたのは、好きな人が関わっているからという理由があったからなのかもしれない。
そして、それは私もきっとそうなのだ。
声を荒げてしまったのは、私の大切な人をないがしろにされたように思ったから。
「……以前、カミオロシに救われた――という話をしたのを覚えていますか?」
急な話題の変更に、篝火さんはコテンと首を傾げるも、「うん」と頷く。
好きな人を話してくれた篝火さんに、きっと私は共感して欲しかったのだと思う。
だから、いままでずっと黙っていた秘密を――姉にしか話したことのなかった私の人生最大の秘密を「くれぐれも内密にお願いします」と前置きして、口にした。
「正確には、『死神の姿をしたカミオロシに救われた』です。死神の姿で、カミオロシの使う技――霊力を自らの力で極限まで圧縮し、武器として扱っている姿を、私は見ました」
つまり、死神とカミオロシは、同一人物である。
世間的に消えたと言われているカミオロシは、いまもなお、人を救うために奔走している。
姉意外には話したことのない、語っても十中八九信じて貰えないような秘密。
私の話を聞いて、篝火さんは茫然とした顔を浮かべた。
そして、なぜか急にクスクスと笑い始めてしまった。
「う、疑っているのですか!?」
「あ、ごごごごごめんね。そういうつもりじゃないの。このことはちゃんと黙っているし、双葉さんの言葉は信じるよ。でもそうかぁ……カミオロシは死神だったのかぁ」
「双葉さんと被っちゃったかなぁ」という意味のわからない言葉を口にして、苦い笑みを浮かべる篝火さん。いったいどういうことだろう?
「私、負けるつもりはないよ?」
「の、望むところです!」
よくわかっていないまま、適当に返事をしてしまった。
この言葉を悔いることになる日が、わりとすぐそこまで来ているとも知らずに。
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